ENo.0432　Lloyd

そこには雨が降っていた。
飛び交う無数のミサイルと機関砲の弾着は渇いた土と鉄屑と僅かな肉片がないまぜになった水飛沫を上げ、それすらも更に細かく噛み砕いて水蒸気と混交させ、地面は次第に湿った灰に覆われていった。
やがて豪雨同士の衝突はその趨勢の大凡を決した。
僅かに衰えた火線が加速度的に失われていき、砕けた兵器は塵に成り果て、灰はその体積を急速に肥大化させていった。戦場の日常的な光景。駆逐の時間。
僅かに抵抗を続けていた最後のWHに大量のナパームが吹き付けられ、機体は溶けるよりも早く内側から爆発し四散した。
粘性の焼夷剤が纏わり付いた破片が今や不自然なまでに埋もった灰の山に合流し、消えない炎の土産を持ち込んだ。灰は煮え立ち、表面が爆ぜ、じわじわと燃え広がった。

灰の山が震えた。

ゴミ処理を終え動く獲物を探していた戦闘機の一団は、一様に火の粉にキャノビーを輝かせながら奇怪な灰の山へと機首を向けた。上空を通過する軌道に乗り1機あたり4発のミサイルを惜しげもなく垂れ流せば、次々と灰の山に弾着し、その体積を爆風で吹き飛ばしていった。
些か過剰かと思われた5機1組20発のミサイルは、しかし濃霧の中に濛々と灰燼を立ち上がらせるばかりで、灰の山を消失させることはなかった。

追撃を見舞うべく低空を旋回した先頭機が、何の前触れもなく袈裟懸けに二分された。

後続機は無機質に素早く機首を外へ向け、大きく旋回しながら灰へと向き直ろうとした。今や可能性ではなく明確な脅威として認識したその不可思議な現象を、しかし視界に収めることが出来たのは片翼側の2機だけだった。その時には既に逆側の2機は半ばから拉げて潰れ、灰ばかりが積もる地面へ縫い付けられていた。

灰色の脚が、戦闘機の残骸を踏み潰した。

薄れゆく灰燼の霧の中、ようやく向き直った生存機のキャノビーに映ったものは、灰色の人型だった。
装甲が呼吸するように緩やかな膨張と収縮を繰り返している。胴の上に爛々と暗い光が瞬く。
2機は速やかにミサイルを射出した。戦闘機自身の推力を載せたそれらを、長い腕は無造作に斬り飛ばした。戦闘機自身も同様に断ち切られていた。長い腕の先端からは、腕よりも遥かに長い暗い光の爪が伸びていた。

束の間の静寂の中、灰色の人形はゆっくりと首を巡らせた。その先では、踵を返して押し寄せてくる無数のDR、戦闘車両、コンバットヘリが霧の向こうから灰の土煙を巻き上げていた。
怒涛の如く接近してくる軍団に対し、灰色の人型は寧ろ酷く緩慢な動作で身を屈めた。前後させた両手が地を突き、両脚が後退する。地に這う姿勢は明らかに獣のそれだった。
逆立つように膨らんだ装甲の間隙が開き、軋るような音が鳴り響く。暗い不協和音は次第に音圧を増し、灰混じりの濃霧が急速に吸い上げられていく。
灰色の獣を完全に有効射程に収めた無数の火器が各々に照準を合わせる中、獣は上体を起こし、天を衝く雄叫びを上げた。








全滅した部隊の収容に向かった回収班が目にしたものは、一様に広がった灰の海だけだった。