私は夢から醒める。

　全身から夥しい痛みがやってきて、息を吸うので精一杯だった。身体の異常を感知したシステムが、供給する空気の酸素濃度を高め、呼吸を安らげようとする。まるで胎児だ。
　今回のアセンブルを組み上げたとき、こうなることは予期していた。当然のことだ。大出力の放電コイルをオーバーロードし、同様に高出力ブースター、軽多脚と高機動の機体。これらが、ショックアブソーバや加速度相殺装置の能力を上回るというのは、当然に予期出来た。

　これは私の挑戦だ。

　しかし、挑んだのは己の老化に対してではない。肉体に対してではない。精神力に対して、機械に対しててはない。
　性能を高め、技術を高め、期待値に委ねる。それでは到達しえない領域がある。身体的脆弱を、その領域に晒す。それはウォーカーの指摘する、ハイドラ乗りの悪癖に他ならないが、知ったことか。
　確信はなかった。ひとつさえ。
　だがそれは同じことだ。
　戦場において、人の認識は恐ろしく脆い。
　すべてはすみやかに過ぎ去り、視野は狭く、確信などない。
　どうしたって霧の中を行かねばならない。

　ならば。

　合理的に考えれば、この体が枷にならぬ理由はない。だが、それがなんだというのだ。
　確証もなく、恐れもなかった。ただ放たれる弾丸のように、私はマルチプレクサを繰り出した。
　捨て去らねばならない。すべてを。ウォーカーの持つ異常な早さはそこにある。
　人が理性や、意識的に到達し得ない、霧の中の領域。

　その飛翔こそが私の挑戦だ。

　結果として、その試みは正しかった。
　私の身体は、老いは、引き金を鈍らせはしなかった。操縦桿を妨げはしなかった。
　痛覚は消失し、眼は冴えていた。
　あの西垣が拵えた大口径の機関銃、その反動を受けながらも、過たずに照準を維持し、全弾を打ち込むことは可能だった。
　
　
　この痛みは、飛翔の果ての墜落。
　オーバーロードされた肉体の受けた反動だ。
　だが幸いなるかな、この巨大な揺籠はまだ私を生かしている。
　私は操縦桿を取り、カーゴヘリへと帰投する。

　 ＊ ＊ ＊

　しかし、セレナーデとトラップドア。
　あのアセンブル、確かに我々に合わせられたものだった。
　どうしても我々を打破するのだという意識。強い祈り。それを感じてやまない。アデライド。彼女には、傷つける覚悟が確かにある。選び取る覚悟が。自分の行動として、退け、守るという意思がある。
　任務を受けるということは、敵を撃つということは、そういうことだ。何かに加勢するということ。敵対するということだ。働きかけるということだ。あの連装されたブースターに補助輪。それは、自ら前に進み出て、そうした選出を行う意思が確かにある。
　そしてあのトラップドアという奇怪なハイドラ。正気を脅かすようなあのハイドラから、私は多くを読み取ることができない。叶うことならば、パイロットを、アデライドのパートナーを見てみたいと思う。
　アデライドは、あれを守ると言っていた。
　ならば、あれもまた意志があるのだろう。あの異様なまでの堅牢さは、この世にとどまろうとする意志の成就。

　ああ。

　あるいはそれが見たくて、このような無理をしたのかもしれない。
　アデライド。十分すぎるほどに楽しませてもらったよ。