「巡り合える。目を閉じていれば、それは否応がなく、いつか立ちはだかるだろう。目を開いていれば、それはそこかしこにあって、いつでも会えるものだ」

　 ＊ ＊ ＊

　霧が濃い。一寸先さえも見えず仕事をしないレーダーのパネルを拳で打ち付けて、後退で濃霧をかき分けては機影を確認する。即座に突進して切り刻むとバイオ兵器が悲鳴をあげる。ハズレだ。

　俺は自分の鼓動を聴いていた。そいつの不気味な感覚は、『あの時』に酷似してやまない。
　何かが呼ぶ声が無線に混じり、殴ったレーダーがオシロスコープのように波を立てて黙る。瞬時、霧を裂いて横合いから強烈な衝撃を受け、呻く。こんなはずじゃない。
　使い潰すつもりで積んだエンジンが動力をひりだす為に唸りとクリームのような霧を吹く。乱暴に煙草を拾って一気に吸い込み、婆さんに通信を送る。
≪俺を見紛うなよ≫

　不思議に思ったことは？人間がこんな機械に乗ってまで刃を振るうのは。肉を裂き骨を断つための刃がもし真っ当な目的を持つとすれば、そいつはハイドラではなくこの忌々しい肉塊に抵抗するためにある。
　切り潰したバイオ兵器が弱々しく接触する。場の静謐を保つだとか粒子を綺麗にするだとかの保証つきの、眉唾のパーツに一定の効果があるかをテストするつもりもあった、が、そいつらはそんなものを屁でもないかのように不調を引き起こしていた。
　不吉な混線はある時にぴたりと止んだ。『通信機能が停止した』。煙草をツバのように履いて、棺の端とつま先で消し潰す。

　死骸の中に蹲ったまま、動作不良を数えて立ち上がる。腐食した金属が剥がれる音と同時に車輪が一つ外れる。
　いやにのたのたとした速さでサンダウンを空振りした射撃は、少し遅れて的確に損傷を与えてくる。正直言えば、こんな馬鹿な話はない。霊障装甲が効きさえしない、避けられない衝撃が襲い続ける。
　黙り込んだスピーカーからはどこかで聴いたような歌が流れている。懐かしくて、でも帰れないところで誰かが歌った、面影が語りかけた言葉の切れ端を使って俺を誘い込んでいる。

　絶叫。
　ブースターのギアを最大に変更する。

　轟音が歌を殺し、距離を詰め、助走と回転は充分なはずの二連の斬撃が相手を捉えられない。転倒したサンダウンに敗者の腕が振り下ろされる。
　俺は遠くにマルチプレクサの光を見た。
　光が何かを狩ろうと動くのを見て、それに寄せられるように再び聞こえだした歌に委ね、脱出ポッドの中で気を失う。

　 ＊ ＊ ＊

　遠く、

　あの山はもう無いんだったな。随分小さなころによく登ったり、崩れないように中に潜ったりして住んでいたジャンクの山だ。遠くで歌のようにクレーンの軋みが聴こえる。
　クレーンはこの死んだ兵器たちをまた新しい兵器に作り替えるために、日々その山を削っていた。顔が黒塗りになった幼い頃のあいつが手を繋いで隣にいる。月夜はその足場の装甲に反射して、もうそこには居ない俺たちをぼんやりと照らし出す。
　やがて俺だけを残して夜明けが追いかけるようにやってくる。

　銀に輝き始めたジャンクヤードに、夜を乞う歌は絶え間なく聞こえていた。

　 ＊ ＊ ＊

「気がついた？」
「……歌ってたのはお前か？」
ため息と皮肉の笑顔。

「霧ですよ」