「……愛想尽かされた、ってェ思ってンのかい、アンタ」

「いや、まさか…　そんなことは、無いぞ……？」


私の抵抗は儚いものであった。
ヨシノの目を見れば分かる。
あれは、私が思ってることを見透かした瞳だ。


「だが、そう、心無いもの達が…
　私に威厳が無いだの、横暴な態度に愛想を付かしたに違いないだの……
　まったく、見当違いな話を言い立てて来たからな……」


嘘は言っていない。
この場で嘘を吐いた所で、すぐさま見破られることだろう。
ヨシノは時折り、妙に鋭い所がある。
それがまさに今であるということが実に困ったことなのだが。


「万が一、いや超が一くらいには、無いとも言えぬかと思ってな……」

「あー……そうさね……」


喉元を唾が流れる。
この威厳の無い音をヨシノに聞かれてい無ければ良いが。


「アンタにゃ威厳も無いし横暴だけど、別にそれが理由ってェ訳じゃないよ。
　アタシはそンなことを気にするほど、神経質な人間じゃァないンでね」

「…………！！！」


私の不安は全て的を得ていた。
思わず頭が垂れる。


「そうか……反省せねば、なるまいな……」


せいぜい、３割ほどの可能性と思っていた。
よもや私自身の未熟を、下僕の家出を通じて知らされるとは。

全く以って、我が身が情けなくなる。


「…………では、なぜ出て行ったのだ？　理屈が合わないではないか…」


ようよう、口を開いた。
そうだ、未だ肝心の理由を聞いていなかったのだ。


「何でって、アンタ言っただろう。
　アタシを下僕にしたのは、学や教養を学ばせるためだの何だの……
　そンなことができると思うのかね」


帽子の隙間からヨシノの顔を覗く。
その表情に変化は見えない。


「だったら、だ。
　アンタはそういうことを学ばせるのに向く下僕を新たに探した方が良い。
　アタシはアンタの許から離れて、傭兵やってる方が良い。
　それがお互いの利になるだろう」


さも当然のことであるかの様に、ヨシノは言った。
ここに来て、私の眼鏡をも否定するとは。

流石に少々、腹の底に再び煮えてくるモノが感じられた。


「違うかい？」

「お前は」


腹の力を入れねば成らぬ。
この身の程を知らぬ下僕に、主たる務めを果たさねば成らぬのだ。


「そのトカゲのパーツを選ぶ際、全てパーツ屋の店主の言に従い組み立てているのか？」

「……いいや。パーツの特徴だけ聞いて、後は自分で選んで組み立ててるよ」

「そうだろう。
　それはお前自身の眼で確かめた上で、経験と勘を働かせているからだ。」


そうだ、この身の程知らずめ。
自分の価値を知らずに、自ら貶めるなど恥以外の何物でも無い。

それを教えずに、のうのうとして来たのが私であるわけだ。


「私とて同じだ。
　何を下僕の分際で生意気なことを！
　私がそうだと見込んだからには、出来るに決まっているのだ！」


右手をヨシノの顔に向けて指を差す。
赤い瞳が不可思議そうに私の顔を見返していた。

ようやく、正面からヨシノの顔を見ることが出来た。


「……分からないね。どうしてアタシに拘るンだい。フォスフォラス」

「何故かだと？
　曲がりなりにも一年の間、共に過ごしたというのに。
　そのようなことすら、未だ分かって無かったというのか。」


ううむ、いざ面と向かうと落ち着かない。
こういう時こそ、パイプを咥えて落ち着かねばならぬ。


「そんなことは最も簡潔、かつ基本的なことだろう。」


さあ、魔法のパイプよ。
私に豪胆さと正直さ、そして僅かばかりの謙虚さを与えるのだ。


「お前は私と相性が良いのだ。
　要するに、長く共に過ごして苦にならぬ相手という意味である。」


やっと、言い切ることが出来た。

もはや他に言うべきことも無い。
私の本心は全て、今の言葉に含有されるモノなのだから。


「……で、だから？」

「だ、だからだな……」


と、思ったのは私だけだったようだ。
このアンポンタンめ！

例のミチルと言い、どうしてこうも繊細さが欠けるのだ。
だが此処で言い淀んだ所で格好が付かない。
言葉を続けなければ。


「戻って来いと、そう言っているのだ！
　何しろお前がいなくては、食事も満足に出来ぬからな」

「仕方の無い『ご主人サマ』だ」


ヨシノが、ようやく笑った。