愛想。
　ヨシノは怪訝そうな顔で呟いた。

「……愛想尽かされた、ってェ思ってンのかい、アンタ」
「いや、まさか……そんなことは、無いぞ……？」

　フォスフォラスの目が泳ぐ。　
　間違いなくそう思っている顔だ。

「だが、そう、心無いもの達が……私に威厳が無いだの、横暴な態度に愛想を付かしたに違いないだの……まったく、見当違いな話を言い立てて来たからな……」

　その『心無いもの達』は至極真っ当なことを言っている。ヨシノはそう思った。

「万が一、いや超が一くらいには、無いとも言えぬかと思ってな……」
「あー……そうさね……」

　大体の見当はついたが、どうもこの魔法使いは自分のことを探していたらしい。
　何故なのだろう。

「アンタにゃ威厳も無いし横暴だけど、別にそれが理由ってェ訳じゃないよ。アタシはそンなことを気にするほど、神経質な人間じゃァないンでね」
「……！！　そうか……反省せねば、なるまいな……」

　平然と返すヨシノの前で、フォスフォラスはしょげ返った。
　それでも帰るような真似はせず、問いは続く。

「……では、なぜ出て行ったのだ？　理屈が合わないではないか……」
「何でって、アンタ言っただろう。アタシを下僕にしたのは、学や教養を学ばせるためだの何だの……そンなことができると思うのかね」

　無理だろう。ヨシノは言外にそう伝える。
　自分は戦うことしか能の無い人間だ。今までそうやってずっと生きてきたし、今更変われるとは思わない。

「だったら、だ。アンタはそういうことを学ばせるのに向く下僕を新たに探した方が良い。アタシはアンタの許から離れて、傭兵やってる方が良い。それがお互いの利になるだろう」

　これが理由の全てだった。
　合理的で、お互いのためになる。
　この選択の、どこに不都合がある？

「違うかい？」
「お前は」

　違わないわけないだろう。ここまで言えば、魔法使いだって理解するだろう。
　そう思っていたのに、フォスフォラスは言葉を続ける。

「そのトカゲのパーツを選ぶ際、全てパーツ屋の店主の言に従い組み立てているのか？」
「……いいや。パーツの特徴だけ聞いて、後は自分で選んで組み立ててるよ」
「そうだろう。それはお前自身の眼で確かめた上で、経験と勘を働かせているからだ」

　魔法使いは元下僕に、指をさした。
　その目尻には、僅かに雫が煌いている。

「私とて同じだ。何を下僕の分際で生意気なことを！　私がそうだと見込んだからには、出来るに決まっているのだ！」
「……分からないね。どうしてアタシに拘るンだい。フォスフォラス」

　どうして、そんな顔をするのだろう。そんなことを言うのだろう。
　自分の代わり――それももっと魔法使いに適した人間――は幾らでも居るというのに。

「何故かだと？　曲がりなりにも一年の間、共に過ごしたというのに。そのようなことすら、未だ分かってなかったというのか」

　そうは言われても、分からなかった。
　いや、ヨシノは分かっていた。
　けれど、頑なに分かろうとしなかった。変に情を抱くのは止めようと思って、距離を取った。
　それだけだ。
　もう、そういうことは止めようと思っていたから。
　それでも、魔法使いはここまで来た。

「そんなことは最も簡潔、かつ基本的なことだろう」

　魔法使いはキセルを咥えて、大きく息を吸い込んだ。

「お前は私と相性が良いのだ。要するに、長く共に過ごして苦にならぬ相手という意味である」

　ああ、どうやら自分は随分と気に入られてしまったらしい。
　良いのだろうか。また、誰かと共に居ても。大切に想っても。
　ヨシノに今、はっきりとは分からなかったけれど――また、魔法使いと共に居ることも悪くないのかもしれない。そう思った。
　それならば。

「……で、だから？」

　自分に、どうしてほしいのか。
　はっきり言われないと分からなかったし、確信を持てなかったし――この回りくどい魔法使いに、一泡吹かせてみたかった。

「だ、だからだな……」

　魔法使いは僅かに怯む。
　沈黙は長くない。

「戻って来いと、そう言っているのだ！　何しろお前がいなくては、食事も満足に出来ぬからな」

　はァ、とヨシノは溜息を一つ吐いた。
　やれやれ、食事だけなら家政婦でも雇えば良いだろうに。ただ、この魔法使いにしては素直に言った方だと思う。
　フォスフォラスに目を向ける。赤い瞳が真っ直ぐに向かう。それはどこか、穏やかで、

「仕方の無い『ご主人サマ』だ」

　へらりと笑って、下僕はそう言った。