ミルクのように濃い霧を、尖った機首が裂き割って、複雑な気流の襞を刻む。
　視界はゼロ。霧灯をつけても、泥棒を探すスポットライトみたいな円が宙に浮かぶだけだ。
　湿気。強風。ブースターが熱を噴く。
　機体の内臓が、表にはあらわれないものたちが、噛み合い、唸り、振動している。
　海の中を思う。全身を包もうとする水を。無限に思える質量を。それを真一文字につらぬいてゆく自分の身体を。

　────そして霧の海を抜ける。

　物凄い速さで飛び出した機体はまだ高度を上げている。眼下は白。
　風がちゃぷちゃぷと掻き回して、渦を巻いている。貯水タンクの中身を吐き出しきって作った霧の海。

　わたしの城。

　姿勢を水平に保ち、両翼を展開する。ブースターを停めると、うそみたいに静かになった。速度モニタに表示されている数字だけが場違いみたいだった。

　ぽろぽろ涙がこぼれていた。

　こうだと思っていた自分を、霧が曖昧にして、ぶつかってくる鉄が、その中からすっかり忘れていたものを弾き出したようだった。


　　　　　　　　（　　　──　それで……　　　）

　　　（　　　いったいどこへお出かけになるのです？　　　）


　　　　　　　「わたし、どこまで行きたいんだろう。」
　「そこへ行くために、手放さなきゃいけないものは、なんだろう。」


　……電磁波だろうか。切っていたはずの通信機から、ザリザリ、ノイズが漏れた。
　見れば霧はずいぶん、散って薄れて、流れる地面が枯れた土の色を晒している。
　ヘルメットを被っているから、頬に筋を描いた涙も拭き取れない。
　キリウヅキはやわらかに身を捩り、進行方向を宿舎にとる。
　戦闘回数を多くとること、機体を修復不能なまでにはさせないこと、機体コンセプトを変えないこと。
　守るべき指示は受けている。何を目的としているのかはわからない。
　だがその曖昧の中に、かたく顕れはじめたものがある。
　ミッションはまた数日後に控えている。
　勝つこと。