《トラップドア》のライダーが、マーニョ・ヘレンからスピールティア・オーに変質してから。
あたしはどうしてか、あの果てしない沈黙のうちに、何かを聞き取れるような気がしはじめていた。

それは単に、あたしが《トラップドア》の隣で戦うのにずいぶんと慣れたから、なのかもしれない。
あるいはただ、そうであって欲しいという幻覚なのかもしれなかった。

歌わないハイドラ。
その沈黙にじっと耳を傾けながら、あたしは戦っていた。
沈黙の中にその呼吸を捉えるために、耳を澄ませて。

マーニョ・ヘレンは何も知らなかった。
スピールティア・オーはたぶん、それよりは何かを知っている。
その差異が、沈黙の底に、かすかな震えを生んでいる。

あたしは聞き取らなきゃならない。
小さな小さな声。あるいは声にもならないようなその吐息を、その色を。
そうでなければ歌えない。歌い続けられない。
どんなものであれそこに音があるならば、共に歌うか、黙るかだ。
互いを無視して歌い続けることなんてできやしない。
あいつに聞く気がないのなら、あたしがあいつを聞き取らなきゃ、だめだ。

あたしでは、正しく聞き取れないかもしれない。
そのくらいあいつと、《トラップドア》は不可解だ。
正直に言えば、怖い、と思うことさえある。

必死になりすぎれば、あたし自身、取り返しのつかない場所に運ばれていくのかもしれない。
忠告。警句。自分の内側からさえ、思い留まれという声が聞こえる。
雑音だった。
そんなものに耳を貸していたら、聞き取れない。

あたしはとっくに、“取り返しのつかない”ところにいる。
七つの時にこの世界に紛れ込んでからずっと、もはや“取り返しのつく”ことなどない。
おそらく、元あったはずの人生は失われている。
だからどうしたというのだろう。それだってあたしは生きる。生きるほかない。

あたしには帰る家も、待っていてくれる家族もない。
先に進まないなら、この霧の中で立ち止まるしかない。
そんなのはごめんだった。

霧の中でなにも見えなくても、あたしは生きてきた。
それ以外の生き方なんて、いまさらできやしなかった。