電気ショックで覚醒した頭に、BEEP音とシャッターが開く耳障りな音が響く。
慌てて舌で口元を探り、苦心して拡声器のスイッチを噛み、彼女に応える。ざらつき掠れた小声が漏れ出る。

「わざわざ本当にすまない。そのまま進んで、正面の壁まで来てくれ。」

しなやかな足音が進み、立ち止まる。接触した装甲同士が擦れ合うような音を響かせシャッターが閉まった。
低い位置から、金属の擦れる音。小さな…恐らく拳銃だろうか。脳の奥でだけ時間が鈍化し、神経が粟立つ。
俺の命は最初から彼女の手にかかっている。これから彼女が自分をどう扱おうとも、俺にそれに抗って生きる術は残っていなかった。
そうわかってはいても、ガレージ中に漏れ出した自分の霊障の霧（便宜上、こう呼んでいた）に触れて知れる、彼女の神経の尖りに全身の髄が備えろと命令を下す。
彼女の視線がガレージを巡る。彼女の聴覚が空間を満たす音を捉える。歩き出す。
喉の奥がカラカラに乾き、首元が硬直する。脊髄を駆け巡る激痛が増し、全身を強張らせるのに一役買っていた。
やがて、聴覚が、視線が俺を捉える。彼女のため息、鉄が収められる音と共に、緊張が切れ意識が濁流に落ちた鉄屑のように流されていく。



「…む、難儀そうですな。こんな状態でよく作戦に参加できましたな」
遠くよりは近いところから、声が聞こえる。
「ま、報酬を頂いた以上、我輩も契約を果たさねばなりませんからな…ほれほれ、ふくりんが来ましたぞ」
頬をひどく柔らかくて暖かいものが叩く感触。なんて心地良いものだろう。
二度目。痛みばかりが広がっていた認識の中で、そこだけが救いのように柔らかい。ふくりん？
三度目。意識を失ったことを思い出し、呻きながら苦心して瞼を開く。左右三本二対の髭と、鼻と繋がった口、切り揃えられた前髪とどことなく眠たそうな眼が覗き込んでいた。

「…ありがとう、いや済まない。呼んでおいて寝ていてしまって…」
「まあいいですぞ。具合が良くないようですからな」
未だぼやけた意識のまま、シーツを捲る彼女を目で追う。僅かに冷える空気と彼女の眼が俺の体をなぞる。
「……ところでそこの床に血のようなものがありましたが、どこか怪我でもしましたかな？」
「ああ、頭を打ったものじゃないかな…痛みで倒れてしまったんだ。」
あの芯の強そうな美しい来客に話している間に、すっかりこびり付いてしまったものだ。その上を賊の血が覆った日もあったが、それは彼女に言うこともない。
「傷はすぐに薬を飲んだから…もう塞がっているよ。問題というのは、手足以上にその痛みのほうなんだ…俺の手足から、腰の管が繋がっているだろう？」
目線で、腰から生えて左によけている管を示す。脊髄直結管。文字通りの生命線。
「これが、俺の脊髄と四肢を直結しているんだが…脊髄内を走っている部品が劣化して、動作不良と周りの神経に酷い炎症をもたらしているらしい。薬で痛みを和らげて短時間なら動けるが…もう長くは続かないだろう。」
連続で十数分。日に二度か三度。ここ数日で、限界は益々近付いてきている。もってあと数日。
「なるほど……そういうことでしたか。しかし脊髄とは参りましたな。我輩、義肢のメンテナンス方法を学んではきましたが、そこまで深い部分はさすがに範囲外ですぞ」
「ああ、とてもじゃないが手を入れられる場所じゃない…ただ、過去に俺に用いられた機械の資料なら残ってる。ナノマシンの生産、注入、命令を一括で行える小型培養装置…尤も、俺以外の被験体は全員死んだが…隣の抽斗のチップにまとめてある。最後の頼みになるかもしれないが、そいつを作って俺に使って欲しい。」
「ふうむ、ナノマシンですか。その方法なら背中を開く必要もなさそうですな……。培養装置の作製なら我輩にうってつけの仕事、まあチョッとやってみますかな」
そして、彼女に頼む。再び因縁を蘇らせることを。俺を一度殺し、生き返らせ、いいように使い、最後は俺一人のために消えた彼らの遺産を蘇らせることを。今度は、一機のハイドラではなく、一人の人間として生き残るために。