局所的濃霧と磁気嵐により、戦闘領域から離れたところに回収ポイントが指定されていた。私とヤクモは戦闘を終えたのち、しばらくの『ハイキング』を余儀なくされた。
　とはいえ、濃霧は既に晴れていた。地形データがなくても、目視で周辺を知ることは十分に可能だ。磁気嵐は解消していないため、カーゴの動作不良を鑑みると、回収ポイントは予定通りが良いだろうが。この地域の磁気嵐は、エリアの中心部に鎮座する、得体の知れないウォーハイドラの残骸に由来していると聞いたことがある。知り合いがそれを回収する任務に就いたが、そいつは帰ってこなかった。あまり近寄り過ぎない方が良い、というのは、この任務の依頼書にも注記されていた。
「そっちにも行ったか？あの不自然なメッセージは」
「ああ、あの愉快なボイスメッセージだろう。それなりに名の知られてるハイドラ乗りには軒並み届いてるそうだがね」
「残像領域の技術、と確かに言ったな。あの無線の正体は全く知れんが、何をやりたいのかはなんとなく予想がつくね」
「あの手の悪趣味な『お披露目』というのは、実のところそう珍しくはない。センセーショナルだからね。独自の研究なら、誰かに見てもらいたい、それを見るのが多ければ尚良い、というのはまあ、わからんでもない」
「全く同意見だ。研究者ってのはなんでああコミュ障ばかりかね。グレースさんはデートのお誘いをどうするつもりだ？」
「私は応じるつもりだよ。見せてもらおうじゃないか。どっちにしたって自信があるんだろう。技術と戦術というのなら、それがどれだけのものなのか、私は私の手で試してみたいね」
「そんなら安心だ、俺も先方からのお誘いは断らん主義でね。出来れば女が良いんだがなあ……」
「お前さんは……。しかし女の研究者は総じて面倒臭いのが多い。傾向としてだかね。ハイドラ乗りのような『ショービジネス』でもないからね、ストレスが溜まりやすいのさ」
「一口食うなら研究者も電子射撃のライダーも変わらんよ、金が掛かるのと長く関わると霊障に悩まされる、ってな」
「ところで……折り入って頼みがあるんだ。ここでの契約がそろそろ終わるだろう？」
「そうなるな。更新しなければ、そろそろお終いになるねえ。頼みとやらを聞こうか」
「一年研修として無給で構わんが、そっちのガレージでメカニックをやらせてくれないか？『アンナ専属の』。もし実現するならコイツはアンナへ貸出すつもりだ」
「……なるほどそういうことかい。いやあ、アンナが言っていたんだ。ヤクモの申し出があったら許可して欲しい、ってねえ」
　即座に、アンナからの入電。私に対しての抗議だろうが、私はこれを無視する。
「そいつは話が早い。操縦指南については前職で実績がある。肝心のメカニック業については、多分色々世話になることもあるだろう。ただ引退するつもりはないんで、たまに今の形には戻るよ。流石にお抱えのメカニックを勝手にライダーにするのは気が引ける」
「私は一向に構わん。給料も出そう。代わりに、それに見合った仕事を要求する」
「買い被るなよ、だが仕事はこなす。グレースさんの真似事をしたいと思ったわけじゃないが、結果として俺に欠落しているのはそれだったのさ。あの演習でそいつを悟った。……俺もそれなりに乗ってきたが、今ほど格闘WHが生き辛い環境はなかった。これを打破するのは盲じゃない。それは安全で、堅牢で、そして視界のクリアなハイドラだ。ギリギリの死線を走り抜け続けられる驚異のバランス感覚ではなく、それを完璧にモノにして繰り出す操縦技術だ」
「私は確かに格闘兵器を扱えるようにはなった。どういった動作をし、それを行うのにどういった操作をしているのか、理解することはできる。しかし同時に、それは理で考えるにありえない技だ、と言わざるを得ない。私は私の知らぬ、無意識のプロセスでそれを行っている、そう結論付けている。それは、ある種の盲だろう」
　霧の中。
「しかし、こうも言える。つまるところ、見えていようが見えていないが関係ない。それはつまり、やはりただ盲であってはいけないのだ。盲であるならば、盲でないようにもらなければならず、盲ではないのなら、盲であるようにもならなければいけない」
「言わんとしている所が同じかは判らないが、今は俺はハイドラに乗っており、俺はマルチプレクサの援護を受け、俺は専属のメカニックの整備の下で初めてそうなれる。以前はサンライズの援護の下で。らしくないことを言うぜ。俺はそういうサポートが出来ないままでは、ただ踊ることしか出来ない、『ただ盲である』ライダーなのさ」> 一切は霧の中にある。
　一切は霧の中にある。