彼に培養装置を送った時から、こんな日が来るような予感がしていた。この装置の作製に失敗すれば彼は死ぬだろう。いや、成功したとしても助かるという保証はどこにも無い。その事実だけをぼんやりと想う。
　気負いは無い。これまでだって、直接的か間接的かはともかく、自分が作製したモノによって助かった人もいれば死んだ人だっていたかも知れないのだ。それはただそれだけのこと。罪の意識を感じることは無い。
　恐らくこれは血なのだろう。モノを作る。誰かが買う。誰かが助かる。誰かが死ぬ。それはそれ、これはこれ。そんな事実は、そんな可能性は、作るという行為を妨げる一切の理由にも言い訳にもならないのだ。
　少し前までは、一族の割り切った考え方を理解できず、何かを成すことから逃げ続けていた。しかしこうして必要に駆られ、モノを作り始めてしまえば、そんな問答の中に答えなど無かったのだと気付かされた。
　胡乱な思考に頭を任せているうちに、体は自動的に培養装置を組み上げていた。説明書に従って彼の背中にあるインプラント端子にいくつかの管とケーブル類を接続する。
「さて、後はコイツを稼働させるだけですが……準備はよろしいですかな。失敗していたらたぶん死ぬと思うので、何か言い残すことがあれば聞きますぞ」
　一拍、間を置いてから彼は話し始めた。
「俺が、こうなるまで自分の体を後回しにしていたのは…もちろん、資料を整えたりする時間が欲しかったのもあったが…生きていくためにそれ以上に優先したいことがあったからなんだ。」
　彼が自分の体よりも優先したかったこと。それは彼自身の特異性から生まれたこの破格の技術を世に広め、応用させ、改良させて、その価値を薄めるということだった。己の希少価値を理由に命を狙われ、自由が侵されるというなら、その価値をどこまでも拡散してしまおうということだ。
　良い考えだ、と素直に思った。もしもそうなれば、このナノマシンを作り出す培養装置だって、いつか画期的な医療の手段として実用化される日が来るかも知れない。同時に、散布することでマシンの装甲を食い破るような、全く新しい強力な兵器を生み出すことになるかも知れない。多くの人々の苦しみを取り除くことができる可能性も、多くの人々の命を奪う可能性もある。それでいい、と思った。この閉ざされた霧の世界に生きる者たちは、決して歩みを止めてはならないと思うからだ。多くを殺し、多くを癒やし、そうやって進んでいくべきなのだ。
「…少し、眠たくなってきた。長々と済まない…よかったら、始めてくれ。」
　しゃべり疲れたのか、彼は目を閉じる。
　……これで最後かも知れないのだ。多すぎる報酬も受け取ってしまった。ならば私も。なけなしの誠意というやつを、少しでも、伝える努力をしよう。
「……最初から巻き込まれたなんて思ってないよ。私にも、あなたにも、何か足りないモノがあって、どうしてもそれが必要で、だから自分以外にそれを求めた。お互いに利用し合った。そこには感謝も謝罪も必要ない、と思う。……でもまあ、言いたいから言っておくよ。ありがとう。あなたから借りた技術は、もう私の頭と体の中に息づいている。これから先、何が起ころうとも。これだけは事実だから」
　やれやれ、ここで稼ぐ間はずっと猫を被るって決めていたのに。
　一人で苦笑して、ほんの少しだけ彼と戦った時間を思い返して、それから躊躇わずにスイッチを入れた。
　低い稼動音と重なるように出撃準備のアラートが聞こえる。私はガレージを後にして自分のハイドラに乗り込んだ。

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暗号解析進捗：100%