黙々と作業を続ける彼女の気配が止まり、完成した装置が台車に備えられて、押されてきた。脳から指令を送り、手足を繋いでいたケーブルの施錠を外す。彼女は手際よくケーブルを退け、装置から伸びる管とケーブルを挿す。それぞれ数度に渡る一瞬が永遠に引き伸ばされるような痛みが小康したころ、彼女からの声が聞こえた。
「さて、後はコイツを稼働させるだけですが……準備はよろしいですかな。失敗していたらたぶん死ぬと思うので、何か言い残すことがあれば聞きますぞ」
最期になるかもしれない時間、話したいことがあった。
「俺が、こうなるまで自分の体を後回しにしていたのは…もちろん、資料を整えたりする時間が欲しかったのもあったが…生きていくためにそれ以上に優先したいことがあったからなんだ。機体を、改修してもらって…パーツ毎に作り直してもらうだろ？そうすればこの残像領域ではライダーたちの市場に流れる。もちろん俺みたいに使うやつはいないだろうが…簡易化した機構でも、既存のハイドラパーツより頭ひとつ抜けていたはずだ。戦場でいい武器が手に入るなら買うやつも多かったろう…。そうして、多くの人の手に、多くの戦場にあいつのパーツが流れていくことが目的だったんだ。」
白いハイドラを目線で示す。彼らの狂気が生み出した欠陥品を、彼女の手によって生まれ変わらせたもの。
「…あれの全身を支えてる…霊障反応材は、俺の手足だったものだ。比喩でなく、この手足の代わりに生えてた…十年ちょっと前、霊障に侵されたため切断したものを培養して、加工したものだ。気持ち悪い思いをさせてしまったら済まない。君も既にその名と少しの噂は聞いたかもしれないが…カワサキ、彼らは俺の手足が持つようになった特性…微弱な霊障と電気信号、エネルギを注入することで機敏かつ強力に収縮する…に目をつけて、あいつを造った。俺を乗せて、使えそうだと分かると散々こき使った…自他共にカワサキの威力行使における最大の脅威と認められるほどに。
出撃先で襲撃されることが増えてきて…カワサキの一部から、俺とあいつを企業連に高く売ってしまおうという意見さえ出始めた。それから、カワサキがなくなって…俺も付け狙われた。追っ手の一人を尋問して、俺とあいつのことが露見していること、貴重な資料として狙われていたこと…がわかって…ここに逃げ込んだ。」
時折気が遠退きそうになる。鎮痛薬と向精神薬が切れ、認識が曖昧になる。
「…あとは、最初に言ったとおりだ。あいつのパーツを沢山流してもらって、容易に手に入るようにしてしまう。戦場で誰かが気づく、これには動かし方がある…ドックで誰かが気づく、これは他にも応用できる…人口筋肉、それを用いた義肢、改良を重ねれば全駆動部を置き換えたハイドラも…そこまでやるやつがいるかはわからんがね。」
泥棒がばれて町中に火を点けるような、最低なやり方だ。しかし、他にホルマリン漬けにされずに生きてるうちに自由になる方法も思いつかなかった。
「俺とあいつの価値を薄めたかった。命を狙われ追われ続けるような、そんなハイドラでなく…自由に生き、誰かと過ごせるような…一人の人間になりたかった。
君を巻き込んで、済まなかった。今まで、本当にありがとう。俺が帰らなかったら、全てを君に譲りたい。クレジットは送っておいた。資料や俺の遺体、ハイドラなんかはガレージごとここの運営に提出するか、企業連に渡してしまえば難を逃れられるだろう。俺に脅されて資料通りに作っていた…とか言ってな。もちろん、君が独占しても構わない…うまく渡れば稼げるだろう。俺の渡した額が端金にもならないくらいには。こんなもの、お詫びにもならないが。」
「…少し、眠たくなってきた。長々と済まない…よかったら、始めてくれ。」
最後の方は声にできていたのかよくわからないまま、意識を失った。

「……最初から巻き込まれたなんて思ってないよ。私にも、あなたにも、何か足りないモノがあって、どうしてもそれが必要で、だから自分以外にそれを求めた。お互いに利用し合った。そこには感謝も謝罪も必要ない、と思う。……でもまあ、言いたいから言っておくよ。ありがとう。あなたから借りた技術は、もう私の頭と体の中に息づいている。これから先、何が起ころうとも。これだけは事実だから」

数時間後、最後のアラートが鳴り響き…彼女が出て行って暫く後。
鋼鉄の義腕から苦痛に鳴くような奇音が響き、一人でに持ち上がる。背中から伸びているケーブル類を引き抜き放り投げる。床とぶつかったそれが耳障りな音を立てる間も腕は蠢き、自身から伸びているケーブルを背中へと挿し込み、捻る。
ガレージに一人残っていた男が、起き上がった。