ENo.0044　ロウシャ・ゼイルストゥラ

　ロウシャ・ゼイルストゥラは、与えられた自室で机に向かっていた。

　右手でペンを持ったのは久々だった。時々力が抜けて震える手をなんとか奮い立たせて、便箋にペンを走らせる。手が止まる、または息が詰まりそうになるたびに、背中を椅子に預けて天井を見上げた。自分を落ち着けるように深呼吸をすれば、湿った空気ばかりが肺を満たす。この手紙も、届く頃にはすっかり湿気てインクが滲んでしまっているかもしれない。最悪、引き出しの中で黴てしまうかもしれないと思うと、自然と表情が緩んだ。それならそれで、と彼は独りごちる。決して言いふらしはしない、秘めた願いが彼の口を滑らせたのだろう。

　そうして傾きかけていた陽も姿を隠し、すっかり月明りばかりが窓から差し込むようになったころ、彼は書き上げた手紙を真っ白な封筒に入れた。それを赤い蝋で封をして、机の上に投げ出す。
　初めは一通だけだったはずの封書は、いつの間にか二通になっていた。両親へ一通、そして妹へ一通。差出人の名前は、散々迷った末に書くことに決めたが……気力も尽きて、ほとんどつながった文字になった。

　腐心から解放され、大きく伸びをして時計を見る。気づけば、”指定の時間”はもうすぐだ。
　急いで机の脇に立てかけていた杖を手に取る。長時間座っていたせいで、体はすっかり固まっていた。立ち上がるだけで嫌な音が鳴る。右足は軋むように痛む。発破をかけるようにひとつ舌打ちをして、足を引きずりながら部屋を出た。


　机に取り残された二通の封筒の表側には、「遺書」と書かれている。

　- vital signs -

　T : 36.3
　P : 78
　R : 89 / 68
　BP : 16

　memo : やや血圧が低いのみで他は異常なし