ENo.0048　Ｌ＝Ｆ

　二度目に火星軌道へ『墜ちた』日の事は、まるで記録映像ででも見たかのような、他人事めいた印象をもって記憶から喚び起こされる。


　星間企業体のお偉いさんに目を付けられて仲間ともども罠にかけられ散々な目に遭った過去の教訓を活かし、その折はただ独りで盗難兵器を駆る強化人間とその一味の呼び出しに応じたんだった。
　軌道上の廃棄されたステーションでの激戦はさすがに多勢に無勢。取り巻きの掃討で弾薬はほぼすべて使い果たし、親玉の切り札たる盗難試作兵器にレーザーライフルの最後の一発を零距離で叩き込むと同時、ブレードの一閃でコクピット・コアを破壊できたのは純粋に運が良かった。どちらかでも外していたら、機体もろとも身体を砕かれたのはオレの方だったろう。

　奴らが最後の悪あがきにハッキングを仕掛けていた火星の軌道エレベーターが暴走して地球破壊用のレールガンと化したのを、見過ごす選択肢もオレにはあった。
　別に、環境汚染で死の星寸前なあの惑星に未練はなかったし。
　それでも2秒だけ迷った後、後の事など考えずに軌道エレベーターへ向けてブースターを全開にふかし、自由落下中の僅かな交錯で熱核ジェネレーター満載の動力ブロックを斬り飛ばした手際は、もはやまぐれを超えて火事場の何とやらに近かった。

　電磁加速の術を失って、砲弾というにはあまりにも間抜けな放出速度で軌道エレベーターから撃ち出された輸送コンテナの行く末は、今となってはわからない。おそらく宇宙デブリとして大過なく処理されたのだろうとは思うが。
　それより、無理を通り越した酷使でジェネレーターがウンともスンとも言わなくなり、ブースターどころか脱出装置の起動も絶望的。あとは愛機ごと火星地表に落下してクレーターの中央で鉄くずの中の黒いシミになる運命だったはずのオレだが、不思議とそういう恐怖はなかった。

　ちょうど１ヶ月前に、同じ火星軌道で見知らぬ通りすがりの密航者を助けるために単身墜ちていった「相棒」。
　いくら探しても地表での落下痕を見つけることができず、まるで煙のように機体もろとも姿を消した、あの残念イケメン。

　もしかしたら、オレもあいつと同じところに行けるのかもしれない──
　そんなくだらない妄想を、しなかったといえば嘘になる。

　それくらいには、オレもあいつの事をかけがえない「仲間」として、認識していたのだろう。
　どう考えても自殺でしかない火星地表への落下を続けながら、オレはひたすら静かに、その先の未来を確信して……



　──オレはまだ、「あいつ」との再会を、果たせていない。
　いつか……三度目に『墜ちる』ことがもしあれば、それも叶うのだろうか？