ENo.0141　鼠花火

霧に覆われた残像領域の一角、ひっそりと佇む格納庫。決して広いとは言い難い空間に何かのパーツだのガラクタ品だのが散らばり、オイルの匂いがつんと鼻につく。中央の少し広いスペースには、歪な形状の車両が鎮座している。

「…できたっ！おいネズミ、間に合ったぞーっ！」

格納庫の隅でうつらうつらと眠っていたネズミは、その声に目を覚ます。車両──ハイドラに最後のパーツを組み込み終わった少女が、手を振りながら叫んでいる。

つい一月ほど前、ネズミは残像領域にやってきた。霧の噂は聞いていたが、正直、舐めていた。霧の中で方向感覚を完全に失い、立ち往生していたところを、大変不本意ながら彼女に助けられてしまった。
彼女は猫の獣人で、ハイドラの研究のために随分と前にこの地に移り住んできたらしい。特に名乗らないので、まあ適当に、ネコとか呼んでいる。ネコは自分の組み立てた「とてもすごいハイドラ」に乗ってくれる操縦者──というより、実験台を探していたらしく、ネズミは「命を助けていただいた恩」と引き換えに強制的にその座に収まることになった。クソが。

ネズミは寝ぼけ眼で完成したばかりのハイドラを観察する。少女の趣味で組み上げられたであろうこの車両は、わけの分からない装置が大量に積み込まれ、狙いをつけるための頭部が外された上に、攻撃手段に至っては焼夷機関砲しか乗っていないように見える。大丈夫だろうか。

「ほら、できたぞ！あんたの機体だ。僕の自信作」

俺の不安を他所に、ネコはふふんっと鼻息荒く胸をはる。やたらと自身有りげだが、同じことを言いながら食わされた煮込みのひどい味を、俺は忘れてはいない。
これからこの車両に乗って、目指す場所は戦場、それもテロリストの鎮圧ときた。ぎりぎりだから、試運転もしていない。先が思いやられる。

時計を確認したネコが慌てた様子で、じゃあ頑張ってー、と鍵を俺に押し付ける。しぶしぶ受け取ると、格納庫のシャッターを開け始める。仕方がないので聞こえよがしに溜息をついてから操縦席へと潜り込み、ハイドラのエンジンをかける。
このハイドラは四輪で動くから、エネルギー源は違えど、動かすだけなら通常の車両と対して変わらない。とは言え、これで戦場に繰り出すというのなら話は別だ。残像領域を覆う霧は、慣れない者にとって凶器でしかない。視界に頼れない中、レーダーや通信を頼りに移動するのがどれだけ大変かということを、この一月で嫌というほど実感した。
まあそれでも、毎日あいつの試作品の操縦に付き合う内に、何とかまともに動けるようになってきた。はじめて操縦した時の動きなどは、それはもうひどかったらしい。あのクソ猫が機体に鼠花火とかいう趣味の悪い名前をつけ、俺をネズミと呼び始めたのはその時からだ。一体どんな動きをしたのやら。俺は早々に岩山にぶつかって車両を大破させた上に、衝撃で意識を飛ばしたので、よく覚えていない。誠に残念だ。