ENo.0061　コルヴス・コラクス

　町のはずれ、小さなウォーハイドラ整備場の主は、客が乗ってきた、大きな翼を持つ白い装甲のウォーハイドラを一瞥し「ほう」と髭に覆われた顎を撫ぜる。
「『コルヴス・コラクス』、か。ああ、うちで何度か診たことあるよ。飛行ユニットとブースターを搭載して、翼型ブレードユニットを主力とした格闘型。まあ、とんでもなくピーキーな設計だよな。乗り手はまず長生きできない」
　前の乗り手は死んだのか、という問いに、向かい合う客の男は「そうみたいですね」と言って、うっすらと微笑んだ。
　癖のない白髪に、糸のように細められた目。「青白い」と形容して許される、血管すら透けて見えそうな色の薄い肌。長身ながら体は細く、その細さゆえか手足が妙に長く見える。それぞれの特徴を取るとそれなりに独特でありながら、全体を眺める限り、妙に「特徴のない」と感じさせる――印象が記憶に残らない、奇妙な男であった。
「そういや、あのうるさい幽霊も一緒におっ死んだのか？　幽霊が死ぬっつーのも変な話だが」
『死んで！　ねーっ！　つの！』
　沈黙していたウォーハイドラから、突如ノイズ交じりの声が聞こえたかと思うと、整備場の片隅に置かれていた古いブラウン管のモニタに電源が入る。男がそちらに目をやれば、モニタの中には、赤みを帯びた金と青緑に染め分けられた、やたらと派手な髪をポニーテールにした青年の顔が、画面いっぱいに映し出されていた。
　整備場の主は、画面の中で頬を膨らませる青年に、朗らかに笑いかける。
「何だ、お前は元気そうじゃねーか、パロット」
　パロット、と呼ばれた画面上の青年は、どこか褪せたような色味の、緑がかった薄青の目をぱちくりさせたかと思うと、にっと白い歯を見せて笑う。
『おっさんもな！　悪いがまた世話になるぜ、こいつと一緒にさ！』
「おうおう、金さえ払ってくれりゃ大歓迎だ。で、白いにーちゃん、名前は？」
　問いに対し、男は、今やっと気づいた、とばかりにぽんと手を打った。
「ああ、実は、前の名前は、ここに来る前に葬ってしまいまして」
　整備場の主は、一瞬、奇妙なものを見るような目で男を見たが、それでも、男の言葉を笑うようなことはなかった。残像領域を生きる者、中でもとりわけハイドラライダーと呼ばれる人種は、ろくでもない事情を抱えた奴ばかりだということを、ウォーハイドラを扱う整備場の主はよくよく知っていた。
　要するに、この男もそんなろくでなしの一人である、それだけだ。
　そんな「ろくでなし」のハイドラライダーは、糸のように細めていた目を少しだけ開いてみせた。その目の色は、不思議と、モニタに映る幽霊とよく似た、褪せた薄青をしていた。
「呼称がないと不便なのはわかるので、そうですね。ボクのことは、ボクと命を共にする船の名で呼んでいただきたい」
　その目は、真っ直ぐに、白鴉のウォーハイドラに向けられて。
　
「そう――コルヴス・コラクス、と」
　
　これは、トリックスターの名と宿命を背負う一人の男の物語。
　もしくは、世界の狭間に落ちた、あるイレギュラーの末路に関する考察である。