ENo.0008　エリカ＝ヒースハイデ

「まさかヒースハイデが出撃する日が来ようとは」
男はそう言って肩をすくめた
その隣に立っている女が問いかける
「あの索敵型WHの事ですか」
「ああ。今まであいつにはどうにも乗り手がつかなくてな」
「適当な理由でもつけて集めれば済むのでは？」
「とっくにそうしたさ」
男は語る　ヒースハイデにはこれまで何度もハイドラライダーをつけていること
その出自は様々　歴戦のハイドラライダーであったり　金に困った者を莫大な報酬を餌に呼び寄せたり
何の経験もない一般人を連れてきたり　年端もいかない子供を選んだ事もあった
そしてその全員が初出撃を待たずして……自ら命を絶っていること

「……」
女は絶句した
呪われたハイドラ　そんな噂は立場上よく聞く
乗った者が戦場の内外を問わず死を遂げるハイドラの噂　しかしこうして具体的な実例を示された事は初めてだった
彼女は格納庫の中のヒースハイデを目にした事もあった
大きく広がる白い六脚　黒い立方体　妙な不気味さを感じたのを今でも覚えている
あれが「そう」だった　衝撃と同時に納得がいった

「しかし、動かすだけでしょう？　索敵を主とするなら特別に複雑な動作は必要ないと思われますが」
「そう考えてAIを搭載してみた」
「では」
男は右手を出して拳を握る
そしてその拳を散らすように勢いをつけて開いた


「……」
女は再び黙りこむ
「原因は不明だそうだ。俺はヒースハイデが拒否したんだろうと思っている」
「拒否、した？」
「人肌が恋しいんだろうよ、あいつは」
AIによる動作テストは失敗に終わった　しかし生身の人間を用意した場合の試運転は問題なくできていたという

「あいつにもようやく戦場を共にしてくれる相棒ができたって事だ。これで俺も肩の荷が下りる……」
「……しかしこれまでの経緯を考えると、そのハイドラライダーは少々不審では」
「不審だなあ。少しどころじゃなく」
「彼の情報は」
「知らん」
「えっ」
「いつの間にか乗っていたんだ」

巨額の報酬を提示し連れてきた一般人　ヒースハイデの出撃を確認した男は彼がついにやったのだと思った
しかし作戦成功を確認し連絡を取ってみると……応答したのは全く見覚えのない青年だった
感情の抜け落ちた表情　人間離れした雰囲気を纏った彼は気怠げな声色と口調で男に一方的に喋り立てた
作戦行動に支障はないこと　索敵以外は不向きなため期待はするなという旨（言われるまでもない）
「前任」に提示した個別報酬は必要ない旨　そちらの指令には従うという意思
男は「前任」の行方と彼が何者なのかについて質問した
彼の答えはこうだ


「は？前任？　あいつはアレ、死んだ？的な？知らんけど　自分はとりま他に人いないんで乗ってるだけっつーか
　あっ名前とか要る感じ？　じゃエリカで　てか俺これから爆睡キメっから切るわ今眠気ぱねーし何かあったら明日ではい終わりおつかれっしたー」

直後通信は切断された
男はエリカと名乗った彼を正式にヒースハイデの乗り手として登録したが……その出自は不明
どうやって格納庫に侵入したのかもわかっていない不審人物である
そんな不審者をあっさりと受け入れてしまう男は常日頃から周囲に変人扱いをされていた

「ま、俺はヒースハイデが楽しくやってるなら何でもいいさ」
男は時折このようにハイドラを人に見立てた発言をする　彼の変人たる所以であった



「は～～～～～～しっかしなあ～～～～～～～～まさかあいつが戦場になあ～～～～～～～～万が一撃墜されて帰って来ないなんてなったら俺は立ち直れないぞどれだけ長い間あいつに関わってきたと思って」
「いいから仕事に戻ってください」
女は顔を覆ってのけぞる男を書類の束で叩いた