ENo.0147　ナタリー・ナイン

ビープ。ビープ。
貯水量低下。脚部第四ユニット油圧低下、チャンバロック不調、腕部制御系迂遠回路反応なし、砲塔部ベアリング反応齟齬、コフィン内気流異常――

『ナタリー、ナタリー。警告表示を止めて』

「うん？」

私はラジオ番組のチャネルを合わせるのに腐心しつつ、ヘッドセットを指で叩いた。
ノイズまじりの応答。今月のヒットナンバーはデアデビル・ジョーズの『ユア・マイ・セルフ』……

『敏感すぎるのも、考えものだわ』

「はい、はい。こちらノル・ノラ・ノーティス……」

『聞いてなかったの？　N3の機嫌を取って。早急に』

「疲れたら、泣き止みますよ」

　我が姉妹は心配症だ。N3がN3たる所以、自律知性回路を内蔵したセルフモニタリング機能が十全に運用されているかどうか、不安で仕方がないらしい。
　ウォーハイドラは強靭な、そして脆い戦闘構造体だ。ハードウェアとソフトウェアの技術的なバランスは、たいがいの場合、取れていない。その格差が霊障を発生させているのではないかと言う意見もあるが、それはいうなれば、世界と個体の差異が齎す齟齬の現象であろう。

『N3は生まれたばかりよ。まだつきっきりで面倒を見てあげなくちゃ』

「千尋の谷に突き落とされて、猫は獅子に変わるのです。いま、生まれている最中だ。祝福なさい」

『災いあれかし、と？』

「そうなれたら、是非はない」

　通信プロトコルの解析は難航していた。私達が残影領域に潜り込む為には、あらゆる情報の欺瞞が必要だったからだ。いま、その割りを食って、一週間ほどのサバイバルを送っている。
　私達と残影領域をつなぐのは、N3に他ならない。そのN3が不安で泣きわめいているのだから、後は泣き止むのを待つだけだ。それしか手段がないから私はこうして文化を楽しんでいるというのに、姉妹ときたら落ち着かない様子。その気持は分からない、どうせ手立てが無いなら、愉しめばいいのに。

『そんな事だから、返信も出来ないのよ。全く、霧濃度が低下したのはあの一瞬だけだったのに……』

「あれは私が寝ている時に晴れる霧が悪いんです。pingは打ったのでしょう？　なら、十分」

ビープ。ビープ。コフィン内部生命維持環境不調。エアフィルタ破損。循環機能一時停止、再起動まで二百……

「え？」

『何が、十分、ですって？』

酸欠になる前になんとか脱出して、窒息死を免れた。
十分には程遠い。