ENo.0328　"Canary"

その日も霧の濃い日だった。
マーケットには多くのハイドラライダーがいた。
二人連れ立ってパーツを吟味する姿もよく見られる。
おそらく僚機になっているライダーなのだろう。

来るのが遅すぎたのか、"翼"に必要な姿勢制御装置はどの店にもなかった。
あきらめて帰ろうとした時、声をかけてきた人物がいた。
装置を譲ってくれるという。それも、タダで。

いつだって対価は必要だった。金銭、物資、身体、そして命。
この霧の世界では当たり前のことだ。

改めて相手を確認する。若い女性。
ライダーとしてのキャリアは浅いように見えるが、
奇妙なほど自信を匂わせる笑みを浮かべ、
遠慮のない真っ直ぐな視線を投げかけてくる。

ーーへんな、ひと。

口に出さずともこちらの戸惑いは伝わったのだろうか、
その女性はさらに笑みを深くしたように見えた。

ーーわたしは何を出せるだろう？

試されているような居心地の悪さに少し顔をそらす。
視界の端で二人組のライダーが霧の中に消えていった。

「……次の仕事、組みませんか？」

不意に口をついて出た言葉に自分自身が驚いたが、
彼女が即答、了承したことにもっと驚かされた。

彼女の名はnanico。
初めての、わたしの僚機。