ENo.0378　フレイド・コークス

　濃い霧の漂う戦場。
無数のハイドラが地を、空を駆け抜ける。
敵と味方、相対するハイドラ達は各々の得意な間合いで交わり、雄叫びを挙げた。
一機、二機、次第に力尽きたハイドラが粒子の光に飲まれ、炎の刃に切り裂かれ撃沈する。

その中で一際目立って、敵機に猛攻を加える味方機が見える。
ラキア・パラミダス。
大口を叩いただけはあり、彼女のパイロットとしての腕前は客観的に見ても優秀だった。

いや、優秀なのは腕前だけではない。
戦士としての心も、掛け値無く優秀と言う評価が与えられるだろう。
まるで自分が命を落とすという、恐怖心が無いかのように前へ前へと突き進んでゆく。

その様はまさに私が望んだ通りの姿だった。
私は彼女のその姿を見失うまいと、そのハイドラを追走した。

戦闘の最中、私のハイドラに通信が入る。
「この軍勢を一手に引き受けるなんて！！」

私は思わず笑う。
こちらからの音声は相手には伝わらないが、笑うしかなかった。
成程、客観的にはそうも見えるのか。

私としてはラキア・パラミダスを追走しているに過ぎず。
（無論、あまりに突出する彼女の援護の意味もあるが）
また、被弾数が多いのは単にタンク型の自機が、敵としても狙いやすいからに過ぎないのだ。
高速で空を駆る彼女の機体に攻撃の的を絞るのは難しいだろう。

　死の恐怖は感じない

敵の粒子砲が幾度も自機を掠めたが、強固さが特徴のタンク型には直撃でもしなければ大した被害は出ない。
かつての私が抱いたあの感情は何だったのだろうか？
不思議なことだ。
今の私ではまるで理解出来ない感情なのに、何故かその感情を強く抱いていたことだけを覚えている。

「……！」

ラキア・パラミダスの機体が被弾をした。
彼女の機体は二脚型と言う、高機動と各性能のバランスの良さが特徴の機体だが、耐久面ではタンク型とは比較にならないほど脆い。
大きくハイドラの態勢がよろめいたのが分かる。

その時、私は自分の内で昏い感情が騒めいたのを感じた。
彼女の働きは素晴らしい。
だが、それだけでは駄目なのだ。
私が望むのは、物語のヒロイン…そして、この戦場はその物語を彩る一章だ。

彼女が無双の働きをしました
それだけでは盛り上がりに欠ける。
死か生かの交差点、そんなシーンも必要だ。
私は、私の眼はそんなシーンを望んでいたのだ。

………
……
…

　戦闘が終わり、霧の戦場に静寂が戻る。
私は無線を使いラキア・パラミダスに声を投げた。

「ご無事でしたか？」

無事だろう。
敢えて問うまでもなく、私は彼女のハイドラが戦場を最後まで駆る姿を見ていた。
無線から流れる声も聴いていたのだから。
特に大きな負傷などはしていない筈だ。

「果敢に突撃されている姿は拝見しましたが、無茶は禁物です。
　腕前は認めます、だからもう少しだけ自制もして下さいね。
　貴方の命と、貴方の帰りを待つ方々の為にも。」

──…そして、勿論私の為にも。

サイボーグ医学・ロボット工学の分野で名を売る中堅企業。
高い技術力を有した製品は評判高いが、軍事兵器市場への参入には消極的。
「ありふれた製品を、高品質で。」をモットーに掲げている。