ENo.0008　エリカ＝ヒースハイデ

「さ、いいよ。いつでも」

その言葉を聞いたエリカは操縦棺の中で片腕を伸ばす
目の前に捉えた「的」へ手をかざすように
瞬間　金属を思い切り打ち合わせたような音が響く
用意された的には微量ながら傷がついていた
不可思議な現象によって


「あは。すごいね」

目深帽子の男が笑みを浮かべる
彼は技師である　普段はハイドラの整備を仕事としているがエリカに指令を送る男とも個人的に付き合いがある存在だ
以前巻き毛の女から報告されたエリカについての情報　それが技師の耳に入ったのがこの状況の理由であった
エリカは霊場を適当に殴って破壊したと述べた　これに技師は興味を示した
ヒースハイデは火器を搭載していない　火器を持たないハイドラの攻撃手段と言えば霊障
霊障による攻撃は一種の防衛反応として起こるものとされている
エリカはその霊障による攻撃を「殴る」と形容した
つまり彼は自発的に霊障を起こしている
技師は帽子の陰に隠れた目をぎらりと光らせた

本当に彼が自発的に霊障を起こしているかのテスト　当然エリカはいい顔をしなかった
とは言っても彼の顔はいつも通り鉄壁の無表情であるが
技師からしつこくせがまれた結果男はエリカに協力依頼を出した
しかしエリカは娯楽や試験にハイドラを用いる事を厭う　本件を男からの命令としたところでようやく受諾した


傷のついた的を回収する技師
テストに応じるのは一回だけと決められている　ヒースハイデは霧の中を蠢くように格納庫へ戻っていった
その姿を技師は上機嫌に眺めていた

「なんかに使えないかね、アレ」
「言っておくが手出しは無用だぞ」
「うるさいなあオッサン。ちょっと黙ってなよ」
「俺がオッサンならお前もオッサンだろうが」
「さてね？」

技師はにひひと笑った　彼はその実年齢より遥かに若く見られる事が多い
男は通信機越しに深く溜め息をついた

「勿体無いなあ。あの子、それ専用のに乗せれば強いでしょ」
「そうは思えないがな」
「んん？」
「向いてないよ、あいつには」
「さよか」

技師は「的」へぴょいと跳び乗る　的と呼ばれた機体はがしゃがしゃ音を立てると移動を始めた


（ま、オッサンのおかげで面白いもの見れたし。よしとしようかね）
男は技師の心の中でもオッサン呼ばわりされていた
ちなみにこの技師と男は同年代である

（結局パイロットの顔は生で見られなかったけどなー。
　チャンスはそのうちいくらでもある、か）

足代わりの機体を走らせる技師
ふと何かを蹴り飛ばす　小気味いい音と共に転がる何か
技師は近づいてその正体を確認する
それは小さな箱だった　恐らく他の世界から流れ着いてきたものだろう

「……あは。ラッキー」
技師は箱を拾い上げて帰路を急いだ

*にゃー*

（猫用ベッドが置いてある）