ENo.0160　ルーゼンエッタ

「お前さぁ」
「何かしら」
「怖くないの？」
「何が」
「戦場に出るの」
　夕飯時の食堂兼談話室で、大家の老婦人が食事を用意してくれるのをラジオを聞きながら待っていると、その問いかけは唐突に、ルーゼンエッタに掛けられた。
「何を今更言っているのかしら？」
　声の主――ウォルナードを振り返ることもなく、ルーゼンエッタは不思議そうにそう口にした。
　生活を共にするようになって既に３ヶ月目に入っている。ハイドラに乗って戦場に出たのも、もうそろそろ片手では足りなくなってくる頃だろう。その唐突な問いかけは酷く不思議なものに聞こえた。
「別に怖くなんか無いわよ。生身で人を殺すか、ハイドラに乗って人を殺すかの違いでしょう？」
　とは言え、その質問に答えない理由もない。なので素直な言葉を口にした。
　素手であったりナイフや銃で人を殺すのも、ハイドラに搭載した火器で敵のハイドラを撃ち落とすのも対して変わらない。自分が乗っているハイドラが“ロン”であることは気にならないわけではないが、恐怖心が増すようなことはない。そもそもルーゼンエッタは戦闘行為に――人を殺す行為に抵抗や恐怖を覚えたことはなかった。それが数えられないほどに受けた“調整”のせいか自分の性分なのかは多分一生解らないだろうけれど。
「いや、殺すことじゃなくてさ――」
「？？」
「自分が死ぬのが怖いって思わねぇの？」
　飛んできた言葉はあまりに意外。だから、ルーゼンエッタは思わず笑ってしまう。
「貴方は死ぬことが怖いかしら。ウォルおじ様」
　そこで、ルーゼンエッタは振り返ってウォルナードを見る。中肉中背の身体。瞳は生体義眼で、若干本来の眼球とは瞳孔が違う。力はあるが体力は然程ないだろう。この３ヶ月の間一緒にいて確信しているが、戦闘訓練など精々銃を的に向けて撃ったことがある程度で、簡単な格闘術すら身に着けてはいないだろう。
　ルーゼンエッタは、その気になれば何時でもこの男を殺せることをちゃんと理解している。
　勿論、ウォルナードもそれは同じで、ルーゼンエッタがその気になれば敵う術は無いことは理解しているだろう。
　ただ、その気になることは多分無い。
「さぁな」
　はぐらかすような答えにルーゼンエッタはまた笑ってしまった。
「そう？　私はなんにも怖くはないわ。今更死ぬことなんて」
　一度は死を覚悟した。
　その死が自分にとって最良の死だったと今だって思ってる。
　だけど――それは失敗してしまった。
　だから、どこでどのような死に方をしても、全部同じだ。
　それに今なら――そう、今なら。



　“ロン”と一緒に死ねるのだ。



「お前――」
　ウォルナードが口を開く。
　が、結局は口を噤んでしまった。
　珍しいものを見た気がして、ルーゼンエッタは小さくまた笑う。
「らしくないわね。ウォルおじ様がそんな事を言うなんて」
　今更怖じ気付いた、なんて言うわけでもないだろうに。
　別に今更自分の命など惜しいとは思わないし、死亡許容にしているわけではないが、いつ死んでもかまわない。
　“ロン”がいれば。
　彼女を――もう裏切ることがないのなら。

　大家の声がする。
　今日の夕飯は何かしらね、と先程の会話を忘れたかのように言うと、さぁな、と呟くような声は何の感情も伺えなかった。




10/死ぬことについて

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