ENo.0389　ムジカ・ネネウ

残像領域というのはいったいいつ、誰が呼び始めたのだろうか。
霊障が起こり、世界を覆い尽くす、幻を映す霧。
つまりは多くの、そうではない異境に比しての呼称であろうことが伺える。
目を灼くほどに眩い光の支配する地で、どれほど生きていけるというのか？
想像の埒外の話だった。

後部座席から前部座席の背凭れに肘を預け、顔を埋める。
焚いた香以外に、何の匂いも感じない。彼女の匂いも、彼の匂いも。
操縦桿にまで侵入する湿気が、薄い霧を作っていた。
音がする。針が鉄を打ち、噛み合う微細な音。
コンガラサマの奏でる音は随分と変わっていた。
もはや過去には戻れないといいたげに。

あの時から、わたしは操縦桿の外よりも中で過ごす時間の割合のほうが多くなっていた。
生きていける世界が少なくなってしまったのだろう。
わたしはわたしを霧のように覆い尽くしている感情のことをよくわかっていなかった。

やがて身を起こす。
そろそろ彼が食事を持ってきてくる頃だ。
十全に役割を果たさなければいけない。それがせめてもの誇りだ。

全員がハイドラ（夜叉）に携わる宗教団体。
辺境にコミュニティが存在し、出身者は基本的にいずれもがネネウを名乗る。
教義は他ハイドラの一切の破壊と無力化。