ENo.0066　全くダメなウォーハイドラ乗りの男

『仮にドンパチがおっぱじまったとして』。
『どーこについてやろうかねえ』。
『俺ァフリーだから、さっぱりわかんねえや』。

　
　“残像領域”の片隅にある寂れた酒場。
　飲んだくれが壁にシミを作りながら寝込んでいる。
　あるいは店名の通り、掲げられたダーツボードに投じ続ける客もいる。
　あるいは三文にも満たない噂を流す客がいる。

　別にどうということのない、単なるクソッタレどもの休憩場だ。
　その気になれば誰かを歓迎するし、誰にも干渉しない空気が流れている。
　時たましゃがれ声や、低くうなだれたような声の雑談が聴こえる。

　……さて、乱暴に着席した男が机上に放った写真。
　解像度は世辞にも見られたものではない。その補佐官の言うように、柔らかなドームじみた形状の遺物が写っている。
　目の色を変える隣の男に、物珍しそうにカウンター越しに店員もそのガサツな絵図を眺めていた。

『烏合が集まりゃ縄張り争いも始まる。所詮ライダーだろうとおエライさんだと、動物は動物だぜ』。
『おいおい、これ企業秘密とかいう奴じゃねえのか？　いいのか？』。
『シークレット？　人の口には戸も立たねえ、一人にでも喋った時点で、そいつは漏れたのと一緒なのサ！』。

　再起動技術の噂もここには流れている。
　下手をすれば一銭にも満たぬ夢物語、中核を完全に失った技術だと最初は囁かれていた。しかし現実はそうではないらしい。与り知らぬ所で動き出す歯車の音を、男は聞かぬふりをしていた。
　ここには玉石混淆――屑も金にもなりかねない、不安定なレートの情報がゴロゴロと転がっている。それらを取引しているのも飲んだくれライダーの相手たる男の生業の一端ではあるが、企業連盟内の抗争で錯綜する情報に頭を抱えているという。

『こいつァ幾らになる？』。
『まーでも一端の傭兵が持てるってこたァ……そう大したもんじゃなさそうだな』。

　“そこそこのを二本”、という注文が投げかけられた。
　店員は黙って棚に積まれたままの酒瓶に、タグの首飾りを施す。
　この写真の価値はそう高くも安くもないらしい。男は確信を持てる訳ではないが、難色を示した。

『《技術》の話は俺も知ってるぜ。けどよ、手垢のついて腐った昔話だった』。
『だがあれやこれやで現実味を帯びてきたとォ。で？　これで俺は何か莫大な恩恵が受けられるのか』。
『残念だが、そいつは企業や技術者に垂涎なだけあって、お前たち棺桶乗りにゃああんまり関係ないんじゃないか』。
『フ～ン』。

　曰く、“残像”はその古代の技術を元手にしているという噂。遺産技術は目が眩むほどの宝石。手にすれば、領域の支配者になれる。霧の心臓を持った王が、この世界を掌握する。
　企業各種は水面下奪い合いを繰り返し、利潤のために暗躍する。テンプレートだ。生存競争は、何もウォーハイドラの戦場でのみ起きることではない。
　西の辺境や中心都市には息詰まる区域であるが、ここは東の辺境。そういったいざこざに直接巻き込まれることはなく、またその為に精確な情報は得られにくい。

『何がどうであれ、誰がここの王様になるかっていうゲームを、俺達が片棒担いでおこぼれに預かるって訳だ』。
『ハ～ン』。
『お前興味なさすぎだろ』。
『俺は今この時、盃（グラス）とキスするのに夢中でね。たーーっぷり寝かせた酒には確かに興味がないこともねーが、今酔わなくていつ酔うよ？』。

　暫くの沈黙。
　男も、店員も、また欄外の客共もやや冷えた空気を感じていた。