ENo.0008　エリカ＝ヒースハイデ

「派手に壊したね」
「壊したくて壊した訳じゃねーんすわ　てか何？装甲の概念とかねーのコレ？」
「無いんだなこれが」
「クソかよ」
「繊細なんだよねえ」

ヒースハイデはほぼ全壊していた
とはいえ壊れる所など脚部くらいしかないような造りなので正確には脚部がほぼ全壊していた
このハイドラは耐久性の概念を度外視している　芸術家の考えた機体らしいと言えばそうであるが
「製作に関わった」から知っているとはいえあまりにも脆すぎる　技師は頭を掻いた
エリカは操縦棺の中に引きこもっている　彼自体は無事なようだ　端末から綺麗な声で汚い罵詈雑言が聞こえる
その操縦棺は現在仮設脚部の上に乗せられていた
本来乗せるべき台座がスクラップ状態のためである


「間に合わん感じ？」
「そうだなあ」

修理は難航を極めていた
ヒースハイデの脚部は画家の考えた繊細かつ芸術的で先進的な構造（皮肉）のために整備が非常に難しい
今まで実戦投入されなかった機体ゆえに問題はなかったが　見えすいていた事態でもある

「逆にさ」
「んん？」
「もっと脆くできない訳？」
「……死ぬよ？」
「当たらなければどうという事はない」
「当たったから壊れたんだがなあ」
「まあまあ聞けっつーの　俺の天才的アイデアをよ」

操縦棺の開く音　滴る水の音
画家によく似た　それでいてあまりにも似つかない　真っ白な肌と髪の青年
その顔を目の当たりにした技師の瞳の色は驚愕に塗り潰される
そして……ひどく愉快そうに唇を歪めた

「いいね。聞かせてもらおうか」
「さっすが話が早えーっすわ」



巻き毛の女が持ってきた服を雑に被り膝の上に猫を置くエリカ
服と一緒に運ばれてきたチョコミントアイスを貰って食べる技師
アイスに興味を示し技師の膝に前足を乗せる猫を持ち上げて抱える巻き毛の女
机を囲んでエリカの説明が始まる
紙面にさらさらとやけに手慣れたペン使いで絵と補足文を書き記していく

「その補強部分歩行するために要るやつだけど。大丈夫？」
「大丈夫な訳ねーべ」
「うん」
「なんで代わりに車輪つければ解決的な？したらだいぶ軽くなるっしょ　シルエットいじらんで済むし」

無茶な話である
ただ無茶ではあるが無理ではない　技師は彼の無茶を通してやる事に決めた
外観はそのまま整備の手間を大幅に（物理的に）減らした図面を眺める
ハイドラと関わりを持たない人間が見れば綺麗な絵と読みやすい字
一般的な整備士から見れば明らかに実用を意識していない机上の空論のような設計図
技師の視点はどちらでもなかった
その絵柄　筆跡　筆圧　文体　発想　センス　さらにはペンの持ち方まで　技師にははっきりと見覚えがあった
「彼」が今も生きていればきっとそっくりそのままこの通りの図を描くのだろう


「これで君が撃墜されたら俺が回収しといてあげるよ。頑張れ」
「おー　んじゃ骨は適当に撒いといてもらう感じで」
「……死なないように頑張れって意味だったんだが。まあいいとしようか……
　……ああ、ところで君さ。名前聞いてなかったね」
「あ？オッサンから聞いてねー訳？」
「うっかり聞きそびれた」
「は～～～～～～～～　エリカだエリカ　以後よろっしゃぁーす」


「………………あは」


「そっか。君がEricaなんだね？」
「ん」
「そっかあ…………そうかいそうかい」

「繋がった」。技師はそう呟くと今日一番の笑みを浮かべた

*にゃー*

（猫用ベッドが置いてある）



「ちなみに猫係ちゃんさ。このアイスまだある？」
「ありますけど……おかわりします？」
「うん。よろしく」
「あっ俺は別にいらねーんで」
「だろうね」