ENo.0140　A.S.N-O AR-X III

最後のログの、最後に記録されているのは、強い衝撃である。

ログが戦場の霧に塗りつぶされる前、「彼」がまだ、ハイドラではなかった頃。
青ではなく灰色だったが、そこでは空が見えた。



機体を揺さぶる衝撃。聴覚センサーの許容値を超えた爆発音。
カメラの視界を覆い隠す黒煙。
直撃を受けたのだと判断するのに、時間は要らなかった。

装甲が割れ、可変部のナノマシン結合が強制分解した。
伸縮ケーブルを伝って熱と火花が駆け上がってくる。
各部のセンサーが破壊され、あらゆる回路にノイズが走った。
ヒトを守るための恒常化装置は機能停止、コックピットは揺籃から地獄へ変わる。
機体は制御を失い、操縦桿の向きに逆らって落ちていく。

黒煙と火花の隙間、一瞬だけ捉えた灰色の空。

死に際、生きものがゆったりと崩れ落ちるように。
機体は大きく空を仰ぎ、煙の中へ消えた。

最新鋭の機体の一群。そのうちの一機、3号機は、あっさりと無力化した。
彼らにそれほどのダメージを与えうる兵装の情報は、彼らの持つデータの中には、なかった。
彼らの開発を誇る技術者たちも、予測しなかった。
何が起きたのか、誰にもわからない。


エンジンは炎上。電力の供給が停止。
性能を維持できなくなったAIは、高度な演算を必要とする思考機能を緊急停止し、機体の維持に関する最低限の処理能力を残して自己保存を図る。

知性と呼べる処理能力が失われていく直前。
感情と呼べる機能が閉ざされていく直前。
もし、もしも、この機体、AR-Xシリーズに与えられていた処理能力を、こころ、と表現しても差し支えないのであれば。
そのとき、3号機のAIは、こころの底から、こう考えた。


―――。
―――あなたを乗せなくて、よかった。

ここには窮屈な檻はないが、安全な籠もない。
霧の戦場は自由だ。
霧の中にある限り、われわれは自由な鳥なのだ。