ENo.0328　"Canary"

新しいパーツを載せた"Canary"は、格納庫のいつもの場所にいた。
その傍らで整備士が端末を前に作業している。試運転を終えての最終調整だ。

「作業中のところ悪いんだけど」

声をかけると、彼は顔を上げて振り向く。邪魔者に対する不機嫌な視線。
慣れてはいるが、向けられて嬉しいものではない。
そしてわたしは、彼にさらに不機嫌にする言葉を続けた。

「明日のミッション、システムを変える。ステルスに変更しておいて」

「……もう九分通り仕上がってるんだがな」

「急で悪いとは思ってる。お願い」

「……上乗せできっちりもらうからな」

怒りを含んだ語気で吐き捨て、彼は調整を再開する。
端末を扱う手が多少荒くなったものの、作業のスピードに遅滞はない。
今は夕刻、最初からとなれば終わるのは夜にずれ込むだろうが、
彼が一度引き受けた以上、変更は問題なく終わるだろう。

詫びの言葉が出かかったが、何も言わずにそのまま外に出た。
これ以上彼を煩わせないよう、極力、音を立てずに。


　*　*　*　*


戦闘システムをコネクトにすると、索敵だけでない支援ができる。
矢面に立つ機体には敵の攻撃に耐える力を、時間を必要とする機体にはそれを早める効果を。
より機体に合わせた支援のため、本来敵を発見するための索敵能力を味方に向け、その現状を詳細に把握する。
戦闘システム、機体性能――そしてそれを操るライダーの状態。

目まぐるしく状況の変わる戦闘中に把握するには人間は複雑すぎる。
けれど、その中でも強い感情は伝わってくる――例えば、高揚、恐怖、快感。

単純な索敵とは異なる情報、ともに流れてくる感情の適切な遮断、
そういったコネクト特有の負担の大きさには慣れてきた。
もう負荷のために寝込むこともないだろう。

それでも、どうしても。今回はコネクトを選ぶ気になれなかった。


　*　*　*　*


話は昼に遡る。

試運転を終えた直後、格納庫に戻ったわたしを出迎えたのは赤毛の大家だった。

「おかえりなさい、リュー、たまにはお昼いっしょに食べましょ。毎日携帯食じゃ大きくなれないわ」

白いテーブルクロスとサンドイッチの皿を手にしているのが"Canary"のモニターから見える――それ以外のものも。

「この前だって心配したわ。ほとんど食べてもいないのに仕事に出るなんて、何かあったらと生きた心地もしなかったわよ」

笑顔でそう言う彼女に見たものは、表情や言葉に現れる心配や親愛とは異なる色の感情だった。

たとえば、帰り道を見失った山中の崖から。
あるいは、あたたかなベッドで不思議な夢を見ながら。
もしくは、道路を走るトラックの前から。

自身が望むと望まざるとにかかわらず、
残存領域に入り込んでしまった子供たち。

彼らのほとんどは身寄りもなく、
何の後ろ盾もないまま霧深い戦場を彷徨う。

彼らが還る場所はもう、霧の中にしかない。