ENo.0023　アンナ・T・パラボ

「ご利用ありがとうございました」

こうして、またハイドラライダーを見送る。
ハイドラライダーは狭き門、かどうかはよくわかってはいない…けれど、
戦場から生きて帰ってくること、ましてや戦果を上げてくることが
難しいことは私にもわかる。
受付嬢。戦場に出ていくハイドラライダー達が提出していくエントリーシートを受取る仕事だ。
戦場での大まかなポジションや、ハイドラの全体像。
霧が支配する戦場、この情報がなければ未確認機と味方ハイドラの区別もつきはしない。
それと、『保険』の有無などはここで今一度確認する。
実際にここにきてそのことに怯え、『保険』をかけることにするライダーは毎回存在する。
それを恐れだの怯えだの笑うような人間はここにはいない。
ライダーとして当然の感情であると思う。

「ご利用ありがとうございました」

…壁掛け時計を見る。
今日の業務はいまのライダーで終わりだろうか？

などと思っていると、アンテナを生やした緑髪の女が走ってくるのが見える。
見覚えがある…というか、受付業務をしている者なら彼女のことは忘れられないだろう。

「ハーイ遅れてギリギリセーフのアンナちゃんだよー！！
　ヘイ！そこの彼女！アタシの名を覚えておきな…
　あっこれ結婚届」

万事が万事この調子だからだ。
しかし、もはや彼女にツッコミを入れる人は殆どいないだろう。
『岩花火』に装甲の話、アンナに与太話。
1を聞き10を返してくる連中にまともに付き合っていたら仕事は終わらないのだ。

「はい、確認しますね…あれ？今回はいつもより後ろなんですね？」

とまあ、いつものスタイルと違う申請があったりしたら軽く確認などもしたりする。
故に、受付嬢というのもハイドラライダーほどではなくとも
それなりに適正やら知識は求められるのだ。

「うむ…何しろ今回のアタシは火炎に脆弱！タイガに罵倒されたらファッとして火事間違いなし！
　いやなに、今時低身長ツンデレヒロインときたら逆に貴重、
　となればHDリマスターまでも…」

「ではステルスということで…はい、オッケーです。ご利用ありがとうございました」

このライダー、戦場でもこんな感じで友軍に茶々を入れているのだ。
そんな遊んでいるとしか思えない彼女が、特にここ数週間での戦果ランキングにおいて
常に顔を出しているということは私には信じられなかった。
『問題児』を絵に描いたようなライダーでありながら大きな問題を起こしていないのは、
実力があるからなのかもしれない。
…その実力を、砲塔により旋回機能を高めたタンク型ハイドラ…で空を飛び、
近接格闘兵器を用いて発揮しているというのは、いかにも彼女らしいチョイスだが。

ともかく本日の受付業務は終了。と思っていたのだけど。

彼女はいつものニコニコ笑顔を携えたまま、私を見ていた。

「あの…何か？」

「なーご利用お姉さんやー。ちょっと聞きたいんだけれど」

今日は絡みが強い。内心とても訝しみながらも用件を聞く。


「私は人間らしく振る舞えていると思うかい？」


その言葉にはふざけた調子は一切なく、真剣な問いだということはすぐに分かった。

…これには面食らった。
確かに彼女はアンドロイド（のようなもの、らしいけれど）であり、
その立ち居振る舞いは高度な技術によって生まれたAI、らしい。
ともかく、私は始めて見る真剣な彼女の様子を見て、自然に、思ったままを口にすることにした。

「…そんな質問をしているということが、すでにある種の『人間らしさ』の証拠ではないでしょうか？」

「………ふっふーんそうだよね～人間とアンドロイドの問題ったら自らの心に悩むことと
　相場が決まっているからな～！！ではアンナちゃんは今日もブイブイ言わせてくるゆえ～」

くるくると回りながら、去っていく彼女。
…やっぱり読めないライダーだなぁと、苦笑いが浮かんでしまった。

生き残った者達へ。
これから往く者達へ。
私たちは歌おう、今日この日があることを。
私たちは祝おう、今日この身があることを。

全ての生きとし生けるもの達へ。
健やかに、でもなく。末永く、でもなく。
ただただ只管満足な生と、満足な死が迎えられるように。

乾杯。