ENo.0064　タカムラ＝カミツ

act.18
　蛇の身体を動かして急降下、すれ違いざまに羽のようなブレードを当てる。ぐうっと旋回して、空へと舞い上がれば眼下遠く、爆発する姿が見えた。何度目かの戦闘。慣れたとは言い難いが、簡単に撃墜されなくはなった……と、篁は思っている。AIだと思っていた少女の声が聞こえなくなってから、どれぐらいの日数が経ったのか。少女の声がなくとも戦闘の動きはほぼほぼ問題なく、その事実が彼女の存在が妄想であったことをまざまざと思い返される。
（……）
　寂寥感、とでも言うのだろうか。妄想にしかすぎず、その妄想と対話する自分はさぞ滑稽であったのだろうとは思うのだけれど、それは結果として己の中の寂しさと言うものを抑え込んでいたようで。ふと訪れるそんな感覚に子供のようだと自嘲した。
「……敵性反応なし、今回も乗り切った、か」
　通信からこちらを労う僚機の声が聞こえて、呟きの後に返答する。いくつかの他愛もない会話の後、次の作戦の相談はまた今度、と通信を切った。ゆるりと蛇の頭を巡らせて帰途へとつくのももう慣れたこと。

『姫は寂しがりだもんな』

　そう言ったのは誰だったか。
　どう見たって大柄な自分を姫、と呼ぶ赤茶色の髪の青年。頭や頬を遠慮なく撫でる骨ばった掌。自分はいつもどう返していたのか、いまいち靄がかかったような記憶から、彼の名前を引き出すことはできない。寂しがり。そうかもしれない。間違いではないだろうし、強く否定できるほど独りでいることに耐性があるとも言い難いのが本音だ。
　いつだって、『誰か』が傍にいた。思い出せない記憶の中に、数は少なくとも気の置けない友人たちがいたことを悟る。……中には、友人と言うには近い距離が数人いたような感覚もあるのだが、思い出せないものにはどうしようもなかった。思い出せないことに、ほんの少しの罪悪感。それと同時に、自分が恵まれていたことを思う。
　ふと、ザイカの首を巡らせる。霧の中、ゆったりと泳ぐ蛇は篁の指示に従ってその刃にもなる翼をゆるりとはためかせて、いつもの倉庫とは違う方向に舵を取った。何となく思い立っての空中散歩。霧が深い為に何も見えることはないが、何となく戻る気になれなかった。
　霧の中を蛇が泳ぐ。見慣れない視界。戦場と自分が根城にしている倉庫とを行ったり来たりしているだけだったな、と思い返してやれやれと息を吐いた。自分のことながら杜撰にも程がある。とはいえ、それが自分自身なので何も言えない。

『しんどかったら言えっていつも言ってるじゃない。馬鹿じゃないの』

　脳裏で響く女性の声。思い出せた彼女の声はいつも真っ直ぐで、意志の強い金の目が自分を見上げていた。篁、と自分を呼ぶ少女。それにいつも自分は曖昧な笑みを返すだけで、そんな自分にアンタは馬鹿なんだから、と彼女は不満げだったのを思い出して。

『篁。アンタはひとりじゃないの。わかってる？』
『わかってるよ』
『嘘つき。全然わかってないでしょ。――も、――もいるの、ちゃんと見えてる？』
『見えてる』
『じゃあ、何が怖いの』

「……全部、こわいなあ」
　ぽつり、言葉が漏れた。あの時自分はいったい何と答えたのだったか。いつも通り、大丈夫だと曖昧に笑って見せたのだったか。今こんなところで本音を口にしたところで、彼女に届くはずもないのに。とはいえ、彼女にそんな本音を言ったらきっと怒られるのだろう。それが彼女と言う存在だ。
　操縦棺のシートに背中を預ける。改めて自分の根城に向かうように航路をセットしてから、口元に自嘲の笑みを浮かべた。
　妄想の存在であろうと、『彼女』は篁にとって『そこ』にいた。少なくともひとりではなかった。
（今は？）
　何もない。誰もいない。静まり返る倉庫の中と、物言わぬ機体。耳の痛くなるような静寂。
　こわいことはなんだろう。誰かをなくすこと。きらわれること。誰かがいなくなること。

　――ひとりでいることが、なによりこわいんだ。

残像領域のとある町の、ひっそりとした町はずれの倉庫街。
ひとりになりたいハイドラ乗りたちがいたり、いなかったり。


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と、いう設定のユニオンです。
ソロールするもよし、のんびりするもよし。
とりあえず制御と格闘の活動をよこせと言うのでも良し。
そんな適当ユニオン。