ENo.0592　アンドリュー・ツォン

先週は霧と電磁波の濃度にビビり、なにこれ……怖……近寄らんとこ……と思って出撃しないつもりでいたのに、色々あって結局出撃してしまった。

いや、特に深い事情などは何にもなくて、ただ単に休暇の申請をミスって休みが取れなかっただけなのだが。朝、爆睡していたら電話が掛かって来て叩き起こされてびっくりした。でも急いで現場に行ってすみませんってめっちゃぺこぺこ謝ったら許してくれて、みんな優しいなって感動した。次からは頑張ろうって思えた。

慌てて取るものもとりあえずで出撃したため、ハイドラに搭載していたのは最初に与えられたほぼ最低限のパーツのみだったし、慌て過ぎて例のエッチな動画まで棺内に持ち込んでしまった。かなり焦ったのだが気が付いたときにはもう遅くて、棺の中でエッチな動画を無限再生するはめになってしまった。おかげで命がけの戦いの最中、戦場で延々とエッチな動画を見ている頭がおかしい人みたいになった。あのときの俺は確実に、バーサークよりもバーサークしていた。

だがそれが、結果的に戦意の高揚につながった。目の前の棺内のモニターで巨乳が揺れるたび、俺は仇であるあの女のことを思い出し、村を焼かれた憎しみに身を焦がした。満腔の怒りを叩きつけるがごとく、俺は敵のテロリストたちの遊撃機を、格闘DRを、術導DRを薙ぎ倒していった。薙ぎ倒していったのは幻覚かもしれなくて、俺は実際そんな強くもないのでもしかしたら全部他の人がやってくれたことなのかもしれないのだが、もしもそうだったらほんとごめん。

テロリストたちの鎮圧が終わり、全員で帰還行動を取っていると通信が入った。一緒に作戦行動を取っていた仲間からだった。流れている動画の音量を注意深く下げ、俺は通信に出る。

「はい、こちらアンドリュー」
『……すまない、アンドリュー。戦闘中、ずっと気になっていたのだが……君のハイドラから流れている、その、あられもない音声は何だ……？』

俺は思わず固まってしまった。まじか。この動画の音声、ずっと外にだだ漏れだったのか。かなり初歩的なミスを犯してしまったことに気が付き、後悔に歯噛みした。中学生のとき、電車の中でラ●ライブしてたらイヤホンジャックが外れてて、車両の中にこ●りちゃんの声が最大音量で響き渡ってたのに地元の駅で降りるまで全然気付かなかったときのことを思い出した。

『なあ……アンドリュー。君はまだ、この残像領域に来て日が浅い。みんな心配してるんだ。君がストレスか何かで、その、不調に陥ってるんじゃないかって……』

ものすごくマイルドに頭おかしいぞお前と言われた気がして、なにおう、と思ったが、頭おかしいだろってのはさっき自分でも感じたことだったのでぐうの音も出なかった。

気が付けば、通信に参加している人数が増えていた。さっきの戦闘に参加していたライダーたちだ。無言の音声の向こうでは何となく気まずそうな空気が漂っている。いけない……このままだと、本当に頭がおかしいやつだと思われてしまう。何か釈明をしなければ。

実際、あの動画は戦闘の役には立ったのだ。俺の戦意の原動力は、仇であるあの女への憎しみだ。あの動画は、俺の憎しみをよく燃え立たせてくれる。そうだ。そこを伝えなければ。俺はただのエッチな動画を戦場で見るのが好きな男になってしまう。俺のこの燃えるような憎しみを、今だ俺の心を灼き続ける復讐の炎の熱さを、みんなに伝えなければ！

俺は通信の向こうのみんなにこの気迫が伝わるよう、重々しく、もったいぶって口を開いた。

「この動画は、俺自身の……ブースターみたいなものだな」

渾身の上手いことを言ったつもりだったのだが、何故かみんなドン引いていた。

次の仕事は、違うメンバーと一緒だといいなと思った。