ENo.0622　MN-Twins

◆再起動 RE:boot

　安息の中で僕は眠る。酷く朦朧とした意識は心地良い霞の中で揺れていた。感覚は鈍く、ただただ暖かさが全身を包む。そしてその熱を忘れた頃、僕から感覚というものは消えていた。
　久しく感じた事のない眠り。悪夢も警報も僕を邪魔しない、只管に静かな眠りだった。まるでこのまま、どこか遠くに消えてしまうんじゃないかと思うほど。
　心は酷く穏やかだった。激情も興奮も全てが平滑な感情へと変わっていく。もう戦う必要も、その理由もないのだろう。
　僕はゆっくりと目を閉じ、束の間の覚醒を振り切って眠りにつこうとする。
　その時だった。
『君は負けたんだね。』
　僕に囁く声。僕の心が騒ついた。歓喜、狂気、失ったと思っていた大切な人の声がした。それだけで僕の意識は飛び起きた。
『眠いのなら眠りなよ。君がそれで良いと言えるのならばだけど。』
　そう言って声は続ける。
『ほら、いつまで寝てるのさノロマ。君は確かに劣等だけど、僕は君の魅力を知っている。そう、君は諦めが悪いんだ。僕と同じでね。いや……僕以上にだ。』
　僕は混濁とした意識の只中で足掻く。空を切る手の平の感覚も、前に進む実感も、外から吹き込む風も感じない。目も、耳も、鼻も全てがレスポンスを返さない。
　僕は何をしていたのだろう。僕は今、何処にいるんだろう。
　意識を手放していたという事実に怯えながら、必死に何かに追い縋る。それが何かも知らず、そこにあるのかも知らないまま。何かがあるような気がした。僕を待っている大事な何か、誰かがそこに居るような気がした。
　伸ばす、伸ばす、手を伸ばす。千切れそうな程に、壊れそうな程に。僕の存在証明は其処にある。僕の価値も、意義も、全てが其処に存在する。
　思い出せ。それはM、E、Wの綴りだ。
　手繰り寄せろ。それは猫の弱々しい鳴き声だ。
　だけど、僕は弱くない。そうだ。こんな所で終わってはいけない。倒さねばならぬ敵、戦わねばならぬ存在が居た。
　有象無象の只中で、僕は安息に溺れる訳にはいかないのだ。
『綺麗な目だ。さあ、目を覚まして。ボクも待ち草臥れたんだ。始めようよもう一度。』
　にっこりと彼女、声の主が笑ったような気がする。その口元がいびつに歪み、その瞳には殺意が宿る。燃え盛る、紅の殺意が。
『ボク達の、生存競争を――。』



「やあ、目が覚めたか。よく戻ってきてくれた。」
　見慣れた白衣が其処に居た。背丈は142.2cm、その姿は何処か夢中の声の主に似ている女性。白髪と赤い瞳の科学者だった。いや、発明家だったかもしれない。基地の技術主任をしていた事と、臨時で基地司令を担当していた事は覚えている。
「私の事を覚えているかね。」
　僕は頷く。そうするとDr.Fは微笑む。大きく一息をつき、胸ポケットから煙草の箱を取り出しながら。
「一応改めて自己紹介しておこう。私はDr.Fという。この基地の臨時司令であり、『歩く残念』を自称する天才科学者であり発明家だ。
　君は今、手放していた意識を取り戻し目覚めた。それは分かるね。」
　再び僕は頷いた。

制御。