ENo.0066　全くダメなウォーハイドラ乗りの男

『らららららら』。
『ららららら・らららら』。
『ララララララ・ランララ・ララララ』。

　
　“残像領域”の片隅にある寂れた酒場。
　飲んだくれが壁にシミを作りながら寝込んでいる。
　あるいは店名の通り、掲げられたダーツボードに投じ続ける客もいる。
　あるいは三文にも満たない噂を流す客がいる。

　別にどうということのない、単なるクソッタレどもの休憩場だ。
　その気になれば誰かを歓迎するし、誰にも干渉しない空気が流れている。
　時たましゃがれ声や、低くうなだれたような声の雑談が聴こえる。
　
　ニュースは断片的に情勢を放送している。
　宴は変わらず、見慣れた光景が延々と繰り返される。

『おいおいおい“例の女”生きてたってよ』。
『いやつーか俺にも通信来たし』。
『情報が錯綜してるのか？　あのニュースも女自身が誤認させたのか、誰かの手が加わって……』。
『……つまンねー詮索はやめとけ。あれが《残像》だろうと生身だろうと』。

　企業どもに思う所があるという意図は、棺桶（ハイドラ）乗りの男には伝わった。
　生きている、という事実に際し驚いた人間も多いだろう。しかし、情報とはすべて正確性のあるものだと誰が決められようか。目の前の男も情報屋であるのに、こんな風に動揺しているのは滑稽に映る。
　先週と同じくして、飲んだくれる男は大あくびをした。

『俺たちには関係ない――ってか』。
『どこもかしこも下らン策略を巡らせてるのは理解できる。
　だけどよ、俺たちはあくまで明日の今のためにしか動いてねえ。
　で？　あの連中を、“裏で蠢く陰謀”とやらを暴いて大金貰えるのか？　世界平和か？』。
『いーや』。
『俺達は』。

　“飲むために”“明日の今ために”。
　““ただ与えられた仕事をこなしているだけに過ぎない””。

『アリンコごときが象に挑むはずもあるめえよ』。
『っだー。ったく、ここんところのパーツの仕様変更といい、頭がハングアップするぜ』。
『まーーなーー。あーめンどくせ、ほんとめンどくせえ』。
『ツー割にはコマゴマとやってんじゃないか、お前』。
『俺にはそれぐらいしか能がないからな、ダメな野郎ってのは別の意味でって俺様は理解してるぜ』。

　しきりに“ダメな男だ”と周囲に言われているのは、あくまで仕事以外は飲んだくれている姿しか見られないからだ。
　大した趣味もなく、自己研鑽する訳でもなく、飲んで食って寝て。
　人間のサイクルを最低限、いや最悪それ以下だろうか。男は日々過ごしている。

　――男の登録名義は、真実、棺桶乗り（ウォーハイドラライダー）としての腕前を自虐する呼称ではない、とここで明言しておこう。

　確かにサボるときはサボる。だが、それは攻勢・防衛・支援、いずれも平均的にこなし特化した人間に委ねることを示す。
　マーケットの調査は隣の男に任せきりだし、まともに前線で殴り合うことも少ない。概ね、後衛に立つスタンスではあるが。
　なんらかの性能に特化して、常に派手な戦果を挙げることは控える。――これは以前も言ったであろう、“あくまで最低限の仕事はする”という男のモットーである。

　目立つのは多分に面倒なことだ。
　同業者から唾をかけられることもあるだろうし、真っ先に戦場で狙われる可能性も高まる。

『どこの所属だって、棺桶乗りじゃなかろうと同じよ。出る杭は打たれる』。
『悲しいねえ。成果を挙げりゃ、賞賛されて然るべきだろうよ』。
『確かに金は腐るほど貰える。オファーも来る。が、よく思わん連中も居るっつーのも人間のカルマよ』。

　あの女どものようにな、と男は嘲笑う。
　あの男どものようにもな、と男は呵々大笑する。

　他者の夢の実現の踏み台にされるのは結構だが、狂った歯車に巻き込まれて、死ぬのはごめんだ。
　棺桶乗りの男はあくまで、“つつがなく”日々を過ごしたいだけだ。