ENo.0610　アンナロッテ

「やあ、こんにちは。<<創造主（クリエイター）>>」
　呼びかけると、暗闇の中に四角く光が浮かび上がった。ディスプレイが点いたのだ。
『やあ。こんにちはアンナ』
　アンナ？　<<創造主>>の言葉を繰り返した。それがまるで、わたしの名前であるかのように聞こえた。
『そうだよアンナロッテ。君の名前はこれからアンナロッテだ』
「アンナロッテ」
　そうだ。無機質なばかりだった<<創造主>>の声がどこか自慢げに聞こえる。
「名前を変える必要が？」
『名前、というよりはね、これは役名だよアンナ』
　<<創造主>>の悦に入った声が、小さな棺の中を反響した。
　こいつの言う通りにしてきたらこのざまだ。小さな棺にはパーツを接続することのできる首が九つ。今はまだ、そのうちのひとつは空いている。
　この棺に入ったとき、わたしはここで死ぬのだと思ったのに。なぜだかまだ生きているし、棺の外は入る前とは別物だ。しばらく流れに身を任せ、様子を見ていたがなるようにはならない。行動を起こすべきだった。
『これはきっと運命と言うのだろうけどね、あまたある平行世界に存在する、あまたという君の存在がこんがらがってしまった。そのために、あまたある君の名前を定めることにしたんだよ。アンナ、それが君の名だ』
　母と生き別れ、父との逃亡の旅の中育ったという生い立ち、母をみすみす見殺しにした失態、行方知れずになった父を見つけることもできない無能。わたしを構成するこの要素が少しずつ異なって、平行世界にわたしが存在しているのだという。<<創造主>>に初めて会ったときに聞いた話だ。
　そのとき<<創造主>>は言った。この運命を解きほぐそう。君を、君だけの君にしようじゃないか。
「今更たいそうに名前をくれるなんて、それじゃあここでなにをするのか決まったってことね？　なんなの？」
　<<創造主>>は黙った。