ENo.0008　エリカ＝ヒースハイデ

「あいつは流れ者だった」

女は突然語り始めた男に何だこいつ的な視線を浴びせた

「残像領域に迷い込んだばかりのあいつにたまたま声をかけたのがきっかけだったんだ」
「…………何か反応した方がよろしいですか？」
「ああ、俺の独り言だから聞き流してくれていい」


「その頃の俺はたまに漂着物を拾っては売って小銭を稼ぐだけの生活でな、家も無ければ身寄りも無かった。
　本当に偶然だったんだ。壊れた戦車の陰に座り込んで眠っていたあいつを見つけたのは」

男は身体に悪そうな飲料水を勢いよく流し込む

「あいつは自分の状況に対してあまりにも危機感が無くてな、最初はどうしようかと思った。
　結局危機感の無さは最後まで直らなかったが」

「俺と同じで住む所も金も無いのにあいつは呑気にしていた。
　それで、俺がここでの生き方を教えてやらないとって使命感に駆られてな……その翌日」

「朝起きたらライセンスを二枚持った子供が目の前に居てこう言った」


《やあ。突然で悪いんだけど、君達にはハイドラライダーになってもらいたい》
《整備は俺に任せなよ、君達はただハイドラに乗ってくれるだけでいい》


「……それが、あの技師の方ですか」
「ああ。胡散臭いだろう」

女はいつの間にか仕事の手を止めていた

「俺達はハイドラライダーになった。技師のどこから湧いてるのかわからない資金で生活も保障された。
　あいつはろくに戦わず絵ばかり描いていたが何も言われなかった。たまに技師が絵を買う事もあったな」

「そうそう、これは今でも思い出すたびに面白い。俺達は三人で行動していたが、何故かお互いに名乗る事をしなかった」

「俺は特に聞かれなかったから名乗ってなかったが、他の二人もそんな感じだったらしい。
　お互い名前を知らない事に気がついて名乗り合ったのは出会ってから一年経った頃だ。
　それまでは技師とか帽子とか、あいつの場合は画家だな。そう呼んでいたし、今もその方がしっくりくる。
　ちなみに俺は尻尾だった」

男は自分の肩甲骨あたりまで伸びた尻尾のような髪をつまんだ

「他に目立った特徴が無かったからでは？」

女は辛辣だった

「それはお前だって同じじゃないか」
「私は眼鏡がありますので」
「ああ……」


ここで女は自分が手を止めてしまっている事に気づく
慌てて……それでいて冷静に仕事を再開しようと手元を見る
……書類をざっと三回ほど速読し　女はその一枚を取って男に渡した

「この方などはいかがでしょう」

書類を受け取る男
女より時間をかけ紙面のあちこちに視線を行ったり来たりさせ
……やがてその内容に満足がいったのか深く頷いた

「これにしよう。あまり悩みすぎてもいい事はない。
　今までのパイロットだってフィーリングで決めたからな」

男は立ち上がると飲みかけの缶を大きく傾けて中身を飲み干す
椅子の背もたれにかけていた上着を取って羽織る　それを見て女も席を立った

「話の続きは後だ」
「まだ話すつもりですか」
「何だ。お前だって技師の昔の話は聞きたいだろう？」
「……」
「痛っで」

女は一応自分の上司であるはずの男の脇腹に容赦なく鋭いチョップをお見舞いした

*にゃー*