ENo.0008　エリカ＝ヒースハイデ

エリカは差し出されたチョコレートの一欠片に顔を近づけて匂いをかぐ
その動きは人間の食べ物を少し分けてやろうと差し出した時の猫の動きに似ていて　巻き毛の女は微笑ましくなった

「どうかなErica。食べれそう？」

横で肘をついている技師
エリカは軽くチョコレートを舐めた（巻き毛の女の指ごと）

「……………………んん？」

怪訝そうな声を出すエリカ
もう一度チョコレートを舐めとっては　何か考えるように黙り込んでいる

「エリカさん？」
「……もったりする」
「もったり？」
「あー　何だ　触感と温感以外のもたーっとした感覚がある……？？」
「！　エリカさんっ、それって《甘い》っていうんですよ」
「あまい……」
「甘いの、好きですか？」
「……なくはない感じ？」

巻き毛の女と技師は目を合わせる
そしてどちらからともなく片手をあげて勢いよく打ち合わせた
そのまま互いに親指を立てる

「何やってんだお前ら」
「喜びを分かち合ってた。ねぇ巻き毛ちゃん」
「はい技師さん！」

にこにこにやにやしている二人を眺めてエリカは肩を竦めた
その表情は未だぴくりとも動くことはない


エリカが味覚を手に入れたのは恐らく偶然ではない
技師は男が送ってきたデータを開く
それはとある女性のプロフィール　彼女は料理人を志していて味覚には自信があるという
先日彼女は男に連れられて格納庫へとやってきた
そこで新たにエリカがヒースハイデに触れていなければ他人にヒースハイデは動かせないという事がわかった
しかしそちらは別段重要でもない
パイロットをエリカから他の誰かに変える必要性は無いからだ

彼女はヒースハイデが出撃する直前　男の貸した部屋の中で首を吊っている姿で発見された
ちなみに使われたロープは男が目につきやすいところに用意しておいたものである
ひどく錯乱していたらしい　部屋の中はかなり荒れていたという

ともあれエリカは彼女の最も特徴的な部分を学習したのだろう
味覚ならほとんどの人間に存在する
今までそれがなかったのはそれを特徴とするほどのパイロットが居なかったからだろう
技師は愉快げに笑みを浮かべる

「あは。気がきくんだね、オッサン」

前にも言ったが技師と男は同年代である


それから二人は様々なものをエリカに食べさせた
エリカに味の好き嫌いはまだ無いようだ
苦味にも拒否反応を示す事はなく　酸味に反応して唾液を分泌する事もない　辛味で汗をかく事もなかった
一通り味覚が存在する事がわかると二人は今度は自分の好きな物を食べさせ始める
巻き毛の女はエリカを甘党にしようとし　技師は辛党にしようと目論む
そこに苦党の男が加わり不毛な争いが始まった
なし崩し的に色々なものをバランスよく食べる事になったエリカに好物は生まれるのだろうか



「てかぶっちゃけ超どうでもいーんすけど　んな事よりこれうめーわ　もっとない？」

結果から言うと好物は生まれた

「ええ……ありますけど……エリカさん、それ気に入ったんですか？」
「かなり」

「……なるほどね？　そこに落ち着いちゃうか」

エリカが食べているのはヒマワリの種だ
花の種はそれなりに貴重品だが　技師と男は古い伝手で安定的にヒマワリの種を手に入れる手段を持っていた
それはなぜかと言えば……

（懐かしいね。飽きもせずにずっと種かじってるこの光景）

ヒマワリの種は画家の好物だった　かつて彼のために技師と男は種の供給手段を確保したのだ
二人は画家のために何かしてやる事が好きだった
画家の好きな料理も数品作れる
その一つであるロールキャベツをエリカに食べさせるとやはり気に入ったようだった

どちらかと言えば甘党だった画家を真似るようにエリカも甘党気味になった
巻き毛の女は気分をよくする　エリカと同じ物をおいしく食べれる事がうれしいらしい
鼻歌交じりにお菓子を作っている巻き毛の女をぼーっと眺めるエリカ
エリカの感情は表情に出る事がない
とはいえ巻き毛の女が持ってくるものを楽しみにしている事が技師には容易に見て取れた


「……ところでさあErica。食べた物どこ行ってんの？」
「は？知らねー」

……技師は頭を抱えながら調査を始めた

*にゃー*