ENo.0610　アンナロッテ

　アルバムを聴いていると、好きな曲の前にはわくわくして落ち着かなくなる。
　操縦席に当たる、狭苦しい棺を音楽で揺らしながらマーケットのカタログを物色した。慣れると良い具合に狭くて落ち着く。。
　最近どうも調子が良くないと思っていたら、出力不足になっていたらしい。少し前に調達した砲塔を無駄にするのも惜しいし、ミサイルを作ったばかりだった。なにがしかエンジンを調達しなければならない。
　私は前線向きではない。何度か戦場に出てみて分かったことだ。能力もそうだが、どうにも性根が向いていない。今ここで、生きるのか死ぬのか。いや、生存を最優先にしているから死なないのだけど、命を賭けるギリギリのやり取りというものは面倒くさくなってしまう。相手を倒してまで、自らを生存させ続けていたいとは、強く思えない。
<<創造主>>のせいか。ひとり放り出した両親のせいか。
原因は考えたくなかった。もっと別のことを――例えばゲームの戦略だとか、そういうものに頭を悩ませていたい。この世も命も、ゲームとさして変わりはないというのに。わかっていても止められない。人は低きに流れる。
カタログをスクロールしていると妙なものが目に留まった。
『特にエッチではないレーダーです。』
　なんだろう、このパーツ名。作成者、アンドリュー・ツォン。
　後悔した。なんでこんなものを見つけてしまったんだろう。
　見たことのある名前だった。顔もログで見たことがある。自称戦場を駆ける白衣の天使。何度か戦場が同じになったことがあって、「巨乳防御だ！」とか言ったときに女性向けナース服を着た男性が見えてドン引きしたのだった。放送事故かと思った。
　その後、ツイッターのおすすめユーザーに、見覚えのあるナース服のアイコンを見かけた。同一人物だとすぐ分かった。愛宕嫁の古参提督だ。どちらかと言えば高雄嫁の私とは相容れない。そもそも発言に狂気しかなく、フォローされる前にブロックした。ハイドラライダーの友達募集中です！　の文字が恐ろしい。
　最近はエッチな動画のために人間を辞めたらしいとか、マシュマロバストの持ち主に猛アタック中だとか。彼と相互フォロワーの<<創造主>>の、草が生えたツイートで知りたくもない最新情報が流れてくる。こいつもブロックしたいが、なにせ私をここに連れてきた張本人だ。こいつと連絡が取れなくなるのは問題が――いや、なかった。ツイッターでしか連絡を取り合えない訳ではなかったじゃないか。早速ミュートしてブロック。
『ひどいじゃないか、アンナ』
　すぐ<<創造主>>から通信が入った。オーディオのボリュームを上げて、聞こえないことにする。
　作成者はともかくとして、レーダーは気になる。付加効果はいまいちわからないが、損したと思ったら捨てれば良い。買ったこちらの情報まで辿られませんように。購入リストに入れ、確定する。
『おや、そのレーダーは』
　<<創造主>>が余計なことをツイートしないといい。ブロックしたからなにを言ったかわからないのも、はらはらして不便かもしれない。
「そんなことより、頼みがあるんだけど。<<創造主>>」
　<<創造主>>はなにものなのだろう。今まで考えずにいたが、直接会ったこともない。指示をするだけの存在――それは、彼ないしは彼女が、人間としての肉体を持たない存在であることを裏付けているように思えた。