ENo.0580　リイア・イオス＝エイジ

──
────


灰色の靄が広がっている。
眼をやられた。
混乱した頭でそう思った。


────
──


小説の一文を読みながら、自らの回想に耽る

ちょうどあの時も、同じだった。



──何も見えない。

見えるのは、灰色の世界だけ
上も下も、前も後ろもわからない

感じられるのは、身体が重力に囚われている事と、その身に風を受けていること

──落ちているんだな。

そう認識するまでに、そう時間はかからなかった
そして、それを認識するとほぼ同時に、視界が開けた


……残像領域。

ほとんどの時間が霧に覆われ、人や物が迷い込み、あるいは消えていく
無数のハイドラ達が戦果を奪い合う『狩り場』

──風に、重力に、干渉を試みる
まっすぐ地面へと向かっていた身体が速度を落とし、どうにか赤い染みになる事は避けられた

「……思えば無茶苦茶してたわね」

ページを捲り、話を進める

残像領域と似た──それでいて全く違う空間が描かれた物語
主人公は愛機と共にその空間を脱出するのだが……

思いついたように操縦棺を開け、愛機の前に立ち、その姿を見上げる

『クロノダウナー』
自らが最も多く扱い、切り札とする魔法にちなんだ名
それがこの機体の名だった
始まりは、拾ったフレームにジャンクパーツを積んでいっただけなのだが。

今では最初のパーツとは殆ど変わってしまっている。
中逆関節から、軽逆関節。軽車輪を経て、今では重車輪
その重車輪も、新たな戦闘モードの為に新調される

積んでいた領域殲滅兵器でさえも、既にいくつも取り替えた
次の作製物も、領域殲滅兵器の新調だろう

既に全く別の機体になっているのだな、と
小さく笑みを浮かべて、ひんやりとした機体に触れる

霧を扱う事に特化した──新しい機体と呼んでも差し支えない愛機を撫でて。

「……メイルシュトローム」
自分の中に多く流れる水のマナ。その上位魔法の名を口にする

「略してメイルね」

手にした小説でも、主人公の駆る二機目は似たような名前をしていたし
何より、呼びやすい。クロノやダウナーのような略称ではやや堅いと思っていた

──
────

操縦棺に入り、パイロットシートに座り直す
ハイドラというのも、水に近しい名前で、それはやはりここが霧に満ちた領域だからなのだろうか

であれば、霧を扱う事に特化したこの機体も、水に近しい名前に変えておこう

……改めて、その名を告げる

「行くわよ、メイルシュトローム」

-- ROGER --

ディスプレイが点滅しつつ返答を寄越した。そういえばこいつにはAIが積まれているんだった

「デバステイターユニット、起動。アンセトルドユニット、起動」

ミストエンジンが唸り、機体が霧を噴く

「……動作確認。システムオールグリーン」
「リイア・イオス＝エイジ、メイルシュトローム。……出るわ」

《 戦闘システム 粒体律動モードで起動します 》