ENo.0649　アキラ・ハリアエトゥス

ストーブに乗せていた薬缶がけたたましく鳴る。
すぐに駆け寄り、マグカップに湯を注ぐ。黒い粉末が溶け、香ばしい香りが広がる。
……即席コーヒーが出来上がり、俺はかじかむ手を暖めながらそれを啜る。

現在、室温は6度。外気温は氷点下8度。
このガレージに比べれば遥かに文明的な、気温の管理された都市で育った俺にとって、この環境は少し堪える。
ここはイオノスフェア要塞からだいぶ離れてはいるが、寒波を遮る地形が無いのがこの寒さの原因だろう。

「……隙間風、今度はここか」

ダクトテープで隙間を塞ぐ。これで八ヶ所目。
正直キリがない。まだ隙間風を感じる。……ちゃんとした建物に引っ越したい。

「ばかいえ、ハイドラを置けるような建物がそうそうあるかよ」

この廃墟群で“パンディオン”をまともに収められるのはこの建物くらいだった。
生きている街のは他のライダーが使っているだろうし。
今から別の廃墟の別の建物を探すほどの気力はもうないし。


……それにしても恐ろしく寒い。暖房が無ければたちまち凍えてしまいそうだ。
霜の巨人、だったか。世界を救うとかのたまっていたが、これがどう救いになるというのか。
生命と全ての禁忌とやらがなにやら悪いらしいが、それはそれとしてこのままでは寒波で俺は死ぬ。

……レジスタンスの代表者は、霜の巨人に挑むと言っていた。俺もそれに倣おうかと思う。
バルーナスからの依頼ではない。『誰かのため』というわけでもない。俺は、俺が死ぬのは御免だから行く。
相手が“霜”だというなら高熱はおそらく有効だろう。焼夷弾を調達していてよかった。

……決戦は遠くない。それまでに、やり残しはないようにしなければ。


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困ったことに、買いだめしていた食料が一部凍った。
缶詰なんかがそれで割れてしまい、早急に消費しなければならないだろう。

「こんなことならちゃんと天気予報見ておくんだったな……くそっ」

柑橘の缶詰……ダメ。魚……ダメ。コーン……これはなんとか無事だった。
概ね缶詰の３割が破損している。寒いしすぐ悪くなりはしない……とは希望的観測。優先的に消費するべきだろう。

「いや……ダンボールで3つだぞ。こんなの一人じゃ食いきれないだろ」

すぐ腐るものじゃないが数が多い。消費できる量が足りない。


つまり、他の人間を呼べばいい？


「そうか、広域メッセージ機能……こういう時のための物だったんだな」
「てっきり“おみあしぺろぺろ”だのなんだの怪しい暗号が蔓延る場所かとばかり……よし」

ライダー間のネットワークに告知を出す。破損缶詰の引き取り手を求む、と。



その文章も怪文書だと気がついたのは、大分閲覧数が増えてからだった。

ユニオンに加入していたほうがいい、と聞いたアキラ・ハリアエトゥスが設立したユニオン。
正式に届け出は出しているがメンバーは一人であり、いわゆるペーパーユニオンである。

加入希望者は一応募集しているが予定はない。