ENo.0141　鼠花火

残像領域は霧と雪に覆われ、地平は白く霞んでいる。まともに息をするのすら辛いほどの寒さだが、操縦棺の中に居ればさほど気にならなかった。
ハイドラに接続した端末から、通知音が鳴った。
外は騒がしい。対霜の巨人を掲げる勢力から全ハイドラへに向けた通信、迎え撃つメフィルクライアからのメッセージ、そしてはるか遠くから、響き渡る霧笛。
来るべき戦いに向けて、思惑を持って動いている者もいた。レジスタンス勢力や教団から、不特定多数に向けた協力の呼びかけもあった。だが俺は選べなかった。元々流れ流れて残像領域に辿り着いたが、そのままただ成り行きでここまで来てしまった。
俺のすぐ目の前にはイオノスフェアがあった。"未確認機"の識別名が振られた敵機がいくつか、そして霜の巨人こと、フロストジャイアント。偵察部隊から伝えられた敵の数は、これまでの戦場より明らかに少なかった。間違いなく、何か嫌なことが起こる。だが"あとは飛び込むだけ"、それ以外の選択肢はない。
足を踏み出すことを躊躇ったところで、俺に逃げ場なんてない。

生き残った者達へ。
これから往く者達へ。
私たちは歌おう、今日この日があることを。
私たちは祝おう、今日この身があることを。

全ての生きとし生けるもの達へ。
健やかに、でもなく。末永く、でもなく。
ただただ只管満足な生と、満足な死が迎えられるように。

乾杯。