ENo.0171　なずな

なずなは高揚していた。不思議と恐怖は微塵も感じなかった。自然と大きく見開いた目が、忙しなく行き交う数多のレーザーや残像やポイントを追ってじぐざぐに動く。ハンドルを握る手が自然と汗ばむ——そう、汗ばんで、ぬるりと滑る。なずなは手袋を身につけていない。ヘルメットも。ブーツも。スーツも。何も。薄く開いた口からは、軽やかに弾む胸と同じ速度で呼気が吐き出され続けている。わずか笑んだようなその口元。遊園地の乗り物に乗る子供のような顔でなずなはハイドラを駆っていた。こんな単純なことが。こんなに楽しくて気持ちのいいことが、この世の中にあったのね。なずなは誰にも通信を開くことなく一人で笑う。霧だけが満ちている。そう、霧だけが、なずなの身体を包んでいる。標準を貫くレーザーポインタの光や撃ち落とされた敵機のあげる煙、戦場のあらゆる光景が、目まぐるしく視界の後ろへ抜けて行く。なずなはハイドラを駆る。ああ導かれている、とようやく肌で感じられた。そう、導かれている。だからなずなはハイドラを駆る。喉奥に張り付くような、五年間ずっと待ち望んでいた、その霧の中で。

誰も入れない。