ENo.0414　Y・橘・リィンドッグ

────────────────

夢を見た。
俺はどこか知らない場所にいる。
いや、知っている。
知らなくても覚えている。


「今週末、何食べたい？」


そう隣で言葉を発しているのは長い髪の女。
黒く長い髪は歩く度に揺れ、日差しがあたる毛先は僅かに茶色に透けて見える。
ふわふわと風に遊ばれているような前髪を、俺は眺めていた。


「聞いてる？」


彼女は訝し気に此方を見た。
やや吊り上がった眉は、すぐに答えない自分に対して怒っている、というよりは
もうパターン化してきて呆れているといった風に近い。


「後で文句言わないでよね。」


ツンとそっぽを向いてしまう。彼女の後ろ髪しか見えなくなってしまった。
それでも声音は柔らかく、俺は安堵した。
何かを決めるのは苦手だ。

彼女はきっとそれも知っていて、慣れている。
だから彼女の動作も、仕草も、発する言葉も、全部
私に向けての愛情が含まれているものだと。
この陽気もなにもかも、彼女の暖かさから生まれたものなのかもしれない、と。
なんの疑いもなしに、ただ、そう感じるくらいには、幸福な時間だった。


「美味しいって言ってくれなきゃ許さないから。」

（そういう言葉は、催促するものじゃないだろ。）


そう返せば、彼女は可愛らしい頬をぷくりと膨らませ、もういいです、と破顔した。
私も、つられて頬を緩める。
そうして二人して笑いあいながら道を歩いた。
何気ない会話も、何百繰り返したやり取りも、こうしていられるのは、
単衣に、奇跡である。
大切にせねばならない。
忘れたくない。
暖かな日差し、爽やかな風、揺れる茶、栗色の瞳、柔らかな笑顔。
ずっとずっと、守っていこうと思った。
君のためなら、きっとなんでもできると。

そう




「またね、xx。待ってるから。」






彼女が言ったその名前は、俺のものではなかった。


────────────────


今日も、霧が深い。

『＿＿＿誰かいるのか？………いるなら返事を＿、…＿』


霧に包まれた路地裏だ。
貴方はここに立ち寄ってもいいし、過ぎ去ってもいい。