ENo.0432　Lloyd

幾度となく、それはあらゆる戦場に現れた。
時に灰の中から立ち上がり、時に遠方より駆けてきた。
暗い灰色から覗く眼光は何かを探すようにその場の全てを見渡し、黒い爪は敵味方の別無くその場の全てに喰らい付いた。
自然と、戦場の全ての火線がそれに集中させられた。
それでもそれは大いに暴れ回った。あらゆる箇所に被弾し四肢がもげ胴に大穴が空いて、とうに擱座してもおかしくない状態でもまるで意に介すことなく動くもの全てに喰らい付いた。

命からがら逃げ延びた兵はいくつかの証言を残した。
曰く、ようやく撃墜したかと思ったら濃霧領域を爆発させて多数の兵力を道連れにして消えた。
曰く、敵対行動を取り得るものが無くなった後、自身も灰のように崩れ落ちて跡形も無くなった。
曰く、北の方へと駆けていった。
幾つかの証言は、幸いにも映像と音声で確認を取ることができた。
そして、幸いにして対策を思いついた者達がいた。

彼等のうちの一人が、二者に要請した。
一つはヒルコ教団。ハイドラライダー：ジル・スチュアートを指定の戦場に配属させること。
また、未確認機をハイドラライダー：ロイド、WH『グレイハウンド』としてハイドラ大隊に登録すること。
一つはカロス・ヴヴィガロス。かつて毛皮の無い狂狼と呼ばれた男。

「迷惑千万なんでなんとかしてくれ。多分、そのジルって奴のところに連れていけば首輪をつけられるだろう」
『いいよ』

耳障りな笑いと共に切れた電話を放り投げて、木製の上等なデスクに脚を放り出し、革張りのチェアーに身を沈めた。
狂人どもの相手というのは何故こうも疲れるのだろうか。




††††††††††††



頭が割れるような痛みが続いていた。
さらさらと何かが流れている音がする。
何かを探していたはずだったんだ。

そうだ。あの黒（あか）いのはどこだ。
あいつは今も戦っているはずだ。
あいつ。
あいつが。

鼻面を小さな手に小突かれた。
目と鼻の間に、小さな黒いのが立ってる。
どこかで見たことがある。誰だおまえ。

そいつが、ちっぽけな腕を上げて、先をしめした。
のどが鳴る。
いるのか、そっちのほうに。
黒いのがバカにしたように笑ってうなづいた。

一際強い頭痛が走り、頭がはっきりとしてきた。
感覚の無かったところに手脚を感じる。握って開けば、力が篭もるのが分かる。
あの流れる音が遠くなり、代わりにどくりと水が走る音が近くに生まれた。

手脚を踏ん張り、身を擡げる。
口が開き、叫喚が迸る。
重い体が、動く。動かせる。


夜の荒野を再び遠吠えが奔る。
そうして、灰色の狼が駆け出した。