ENo.0251　ルーゼンエッタ

　撃墜されて動けないウォーハイドラの操縦棺の中、ルーゼンエッタは考える。
　グラートは気絶してしまっていたし（怪我もなく命に別状はなさそうだったし、元々グラートにとってウォーハイドラに乗るという行為はとても負担のかかる行為なのだ）、話し相手もいない。だから出来ることは考えることくらいしか無い。
　自分がここにいる意味。ここで生きている意味。
　ルーゼンエッタはもう、長くはない。もっても一年程度だろうし、明日と言わず今にでも容態が急変してもおかしくないと思っている。
　それは、5年前自分の命を繋いでくれた片割れであり半身であり、かつては全てであったとも言える少女――ヴェロニカも解っていたことだ。
　それでも、彼女は自分の未来を望んでくれた。そのために全てを投げ出してくれた。
　短い生であっても、幸せであれと。
　5年前、伴侶となる人と出会った。
　自分とよく似た人だった。道具として生まれ、道具として育ち――それでも、最後には自分で自分自身の望みを選び取り、その後、この残像領域に流れ着いた人。　
　自分の幸せだったと最高の笑顔を見たいと言ってくれた人。
　彼がそう言ってくれたときから、自分に生きる理由ができた。
　ウォーハイドラのAIとなったヴェロニカと一緒に死ぬことばかり考えた自分が、生きようと思った。“幸せな未来と結末”を望んだ。
　伴侶も、自分が長くないことは知っている。
　それでも、共にありたいと家族になってくれた。
　お互いがお互いに抱く感情が恋愛感情かと言われれば首を傾げるのは事実だけれど、自分たちは二人で手を繋いで生きることを選んだ。
　自分は類稀な幸運と幸福、愛おしい人達の祈りと願いで、ここで生きている。生かされている。
「とっても」
　そう、この事実は、誰がなんと言っても。
「幸せだわ」
　目を閉じる。
　思い出すのは、ヴェロニカのことだ。
　最近良く彼女のことを考える。
　よく、髪を優しく梳ってくれた。その感触は、彼女を失って6年が過ぎてなお鮮明に思い出せる。
『ねえ、もし――もし、何もかも上手く行って、好きなことがなんでも出来るのなら。なんだってやってみましょうよ。好きなところに行って、好きなものを好きなだけ食べて、好きなお洋服を自由に着て。友達だって出来るかもしれない。誰かと恋に落ちて――』
　そう、語ってくれた言葉を、想う。
　何もかもは上手くいかなかった。ヴェロニカは死んでしまって、永遠に失われた。
　だけど、自分は。
　彼女に幸せでいて欲しいと望まれた、自分は。
　今、彼女の言ったことのすべてが手の中にあるのだ。
「貴女のおかげで、私は今とっても幸せだわ」
　彼女がそう願い、望んでくれたから、自分は今ここで生きている。明日には倒れてしまうかも知れないけれど、“今は”生きて、こうして心の中に彼女に語りかけることが出来る。
　ヴェロニカは永遠に失われてしまったのと同時に、自分の中には確かにいる。
　ルーゼンエッタは特定の信仰を持たない。
　しかし、この感情は信仰に良く似いていると思うのだ。
　ヴェロニカ――彼女の言葉に導かれて、ここまでこれた。
　そして、それを確かにしたのは、伴侶であるコルヴスだ。
　彼が生きる理由をくれた。彼がいなければ、自分は早々にAIであるヴェロニカと“心中”していたことだろう。
　そして、今もこうして生きていることが出来る。
　ヴェロニカが未来をくれたから。
　コルヴスが生きる理由をくれたから。
　彼女と彼がいなければ、今の自分はありえない。
　ヴェロニカにはもう、自分が幸せであること以外に彼女の想いに報いる術がない。
　遺して逝くことになるコルヴスには、できればより多くのものを残したい。
　だから――。
「だけどちょっとだけ、時間を頂戴。死ぬのは怖くないの、全然怖くないのよ。だけど――」



　大切な人たちに、大切だと伝え残せるだけの時間を、どうか。

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