ENo.0251　ルーゼンエッタ

　選んだ機体はグラートの希望で大型のウォーハイドラになった。
　積載量重視の重多脚、システムはティタンフォート。
　前回乗っていた軽さと速さを重視していたマリア＝ローザは正反対だ。
「あなたはこんな機体に乗っていたの？」
　整備をしながらのルーゼンエッタの言葉にグラートは首を振る。
「中型のハイドラですよ。格闘重視の。だから僕にもどれだけ動かせるかわからないです」
「そうなの」
　とは言え、ハイドラライダーとしての素質はグラートのほうが遥かに上だ。なにせ、そうあるように作られた人間なのだから。
　もっとも、グラートは心理的外傷によりウォーハイドラに乗るのは相当な心理負担を強いられることになる。無理して乗らなくても、とルーゼンエッタは思うのだがグラートは「ルゼさんがハイドラに乗るのであれば一緒に乗ります」と言ってきかないのだ。
　機体をグラートの希望に合わせたのはグラートの心理負担を避ける、と言うよりは単純に、ルーゼンエッタには特に希望がなかったからだ。以前乗っていたマリア＝ローザはそれに搭載されていたAIに執着してのことだったし、特にこだわりも希望もない。なら彼に合わせよう、となるのは自然なことだった。
「――どうせなら、誰かを守る戦いをしたくありませんか？」
「……そう」
　――グラートがそうなった原因を、詳しくルーゼンエッタは知らない。ただハイドラライダーとしての彼について聞いた時「抵抗もしようがない人間を殺してしまって」と言う悔恨に満ちた声で告げたのを覚えている。親しい人でなければ殺すことに躊躇いを覚えることのないルーゼンエッタからすれば「その程度」のことではあるのだが、そもそも彼と自分では受けた教育が違う。同じ組織で作られたとは言え、設計図も目的も運用方法も全く違うのだ。
　一通りの整備が終わったところで、試運転がてら機体に乗り込む。一応メインはルーゼンエッタ、機体制御やシステム管理――要するにかつてマリア＝ローザに乗っていた時にAIが受け持っていた部分――はグラートがすることで話はついていた。
　広めの操縦棺に二人で座ってからグラートを見やれば、小刻みに手が震えているのが解る。呼吸が荒い。空調が効いているにもかかわらず汗をかいている。
「グラート、大丈夫？」
「大丈夫です」
　震える声。色んなものを押さえつけて、飲み込もうとするのがよくわかった。
　ここで彼に降りるように言うのは簡単だったが、そこまでして乗ろうとする彼が降りるわけがない。だから、そう、と頷いて。
「まずは気楽にやりましょう。今日はただの試運転なのだから」



　機体から降りるなり、グラートは胃袋をひっくり返したのではと思うほどに吐いた。
　出てくるものが胃液にだけになり、それに更に血が混じっても嘔吐する始末だ。
　ようやく落ち着いた頃になって水を飲んでから、すいません、と消え入る声で言う。
「いいのよ。でも無理ならやめたほうがいいわ、それじゃああなたの身体が持たないもの」
「――嫌です」
　断固として譲る気のなさそうなグラートにルーゼンエッタは眉を寄せる。別に吐瀉物を掛けられる程度は構わないが、毎回こうだとするとあまりに彼の身体の負担が大きすぎる。
「それに、その内慣れますから。いいリバビリです」
　そうやって生気のない顔で笑って見せるグラートに、ルーゼンエッタはそれ以上何も言えない。まして彼がウォーハイドラに乗る理由が自分なのだから尚更だ。彼を載せたくないのであれば、自分がハイドラを降りればいいだけだ。だが、それをする気はない。
「もう、困った子ね」
　そう言ってため息を出すのが精一杯で。
「でも、あまり辛いようなら言うのよ？　無理はしないで頂戴」
　はい、とうなずくグラートを見て、自分はなんてわがままなのだろうかとルーゼンエッタは思う。
　自分を大事に思ってくれている人にまで負担を強いる。
　だけど――やはり後悔して、死にたくはないのだ。

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