「話を整理しよう。昨日随伴した機体は例のニュースのテスト機――ミスト・アヴェンジャー。依頼人は恐らくその搭乗者。対峙した銀兎はやはり白兎の機体だった。そして今日入ってきた情報が正しければ、私達は昨日の敵からの依頼を受け、昨日の味方を撃てと言われた……薄々そういう予感はしていたんだけどね」
　私は討伐対象を待ち伏せている間、操縦棺の中で独り言のように喋った。この光景を他の誰かが見ていたら、きっと私は苦虫を噛み潰したような顔をしていただろう。
　正面右のパネルに表示されるStevenの文字を見る。今日はいつものタブレット端末経由ではなく、ウグイスの通信機能を使ってスティーブンと会話していた。
「正確にはミスト・アヴェンジャー『Ⅱ』だよ、ベティ。傭兵という立場をうまく利用されてしまったね」
　誰がこいつを人の揚げ足を取る性格にしたんだと苛立ちを覚えながら、そうだけど、と返す。
「受けたくないなんて我儘言えるわけないだろ。あんたには何回も言ってるかも知れないけど、私のような一兵の意見ってのは門前払いなんだよ、署名でもしない限り通ることはまずない……この仕事は我慢の連続だよ。過去の配属先じゃ女として見られないこともあったし、先日みたいに詳細を明かさない依頼人からのメッセージが送られてきたし。それでもなお名も無い草のように今まで持ち堪えられたのは、依頼達成のその先に多額の報酬があったから」
　正直なところ、今も9700cという破格の報酬に心が躍っていた。エンジンのメンテナンス費が9回分賄える。
「けど今は違う。報酬とかは関係なしに、ただあいつの言動が気に食わないからという理由だけで動いてる。考えてみなよ、送信元を探知出来ないようにして気味の悪い音声を2日間も送り、身元を明かさず受信者の仕事に随伴する。そんなそいつの正体は厳重に保管されていたテスト機体に乗ったテロ実行犯……ほぅら、あんたも苛ついてきただろ？」
「音声AIが怒って冷静な対応が出来なくなったらどうするんだ！　だが僕も気に食わないのは確かだ、こうもやりたい放題だと」
「わかってくれただけで結構……さて」
　レーダーに反応あり。霧深い中やって来た『復讐者』は、バイオ兵器を14体連れていた。

「持ち悪いことしてますねぇ、アヴェンジャーさん。なんですその機体名は、霧に親でも殺されたんです？」
「煽るなぁ」
「新たなステージってのは新型のバイオ兵器のお披露目会だったんですかぁ？　はっきり言わせてもらいますけど、ショボいですねぇ。全ての機体に搭載できるデバステイター・ユニットが完成したというのであれば、喜んで興味を示しますけど」
　デバステイター・ユニット。アヴェンジャーに搭載されていた、あまりにも仰々しい射撃武器。それが放たれた瞬間を目撃したライダーによれば、異様に長い充填と変形を終えた上で、敵機の反応がなくなるまで、止まない雨のように砲撃を浴びせ続けるとんでもないものだと聞いている。
《 EXTREME DANGER 》
　コンソールに映る警告を無視する。危険だから何だ？　あいつが私達の共通の敵であることには変わりないじゃないか。デバステイター・モードに移行する前に、それよりもっと良いのはエネルギーチャージが完了する前に、殴るなり、斬るなり、刺すなりしてあいつの息の根を止めてしまえばいい。それだけのことだ。いつも通りにやれ。
　冷静さを欠いていた自分に言い聞かせ、先は戦いに集中させてほしいと告げラモラックとの通信を切る。

　今のウグイスはシルエットからしていつもとは違う。使い潰す勢いで追加搭載したミストエンジンとブースターに、ある程度自動で動くよう取り付けられたもう一対の腕。
　そして新しい武器、噴霧併用型耐電粒子ナイフ『ウグイス』。その名の通り耐電加工を施した上で、噴霧による不思議な力を取り込んでの火力向上を重視した、まさにこの時のために拵えたような武器だ。鮮やかな黄緑に輝く刃を愛機の右手で握りしめる。
　……いつの間にか、私はこの世界がとても好きになっていた。だからどんなことが起こっても、あいつが言う新たなステージへの到達はしっかりと見届けたかった。しかし、その到達が数々の何かを壊してきたであろう者によるものだったら？　破壊してくれと言われるような機体によるものだったら？
「貴方の意図はわかりかねますが、私は貴方を破壊するためにやって来ました。とっとと白旗を揚げてお縄になった方が良いんじゃないですかねぇ。そうすれば横に並んで――」
　煽りに乗ったかのようにアヴェンジャーが動き出す。
「……でしょうね、やって来ると思いましたよ」
　件のニュースを聞いたときから、いつかは襲ってくるだろうと思っていた。緊張はしていなかった。ほくそ笑み、操縦桿を握る。3基のブースターが、轟音を上げた。