電源の落とされた操縦棺は全くの沈黙にあった。己の呼吸音だけがうるさく聞こえる。
　磁気式ショックアブソーバが切れていると、その座り心地は意外にそっけないものだった。強力な電磁石が、専用のパイロットスーツ内部に仕込まれたプレートを操作し、予見した衝撃を相殺するように動作する。堅牢かつ包み込むような支持感は、この老いた身には安心を与える。

　ヘッドセットの電源をいれる。過渡応答のノイズののち、断続的に由来不明のノイズが入る。オペレーターの声も、各種アラートも聞こえてこない。強調されるのは心臓の放つ拍動だ。
　常備灯を落とすと、全くの暗闇に落ちる。目を閉じているのか、開けているのかもわからない。
　それどころか、これが夢か現かもわかりやしない。もしかすると、あるいは生きているのか、死んでいるのかさえわからない。
　ただあるのはノイズ。
　それすらも、思考の波間に浮かんでは消えてを繰り返している。

　この状態に、戦場の混沌を見る。戦場は複雑系だ。どこに何があるのか、到底わかりやしないのだ。レーダーは確かに見えないものを可視化しようと試みる。パートナーやオペレーターの通信がお互いの不足を補おうと試みる。それでも、戦場の混沌さと、その早さに誰も追いつけない。
　したがって、制御のプロセスは、そこにフィードフォワードを必然的に含まざるをえない。いわゆる、先読みというものだ。
　数あるフィードバックとフィードフォワードの絡み合いを経て、私はトリガーを引く。ここだ、というタイミングを見極めて引く。ライフルの弾を、カメラには何も映されていない虚空に撃ち放ち、見事それが敵機を撃ち落とす、と言ったことは、往々にしてあることだ。それは、ある程度の経歴があれば、いくらかは経験することだ。
　しかし問題なのは、戦場という混沌において、あらゆる入出力の確かさというものは、全くのデタラメだ。あるはずのものを見落とし、ないものを見る。先読みは裏切られる。
であるならば、その見事な一撃は、偶然にそれらの情報や判断が正しくあり、ただの幸運によってなし得たものなのか。
　であるならば、エンジニアリングは常に敗北しているとさえ言ってしまうことはできる。結局のところ、最終判断を下していると思しき脳髄がでたらめなのだ。数多のバックアップはそこに台無しになる。

　一方で、当然ながら適切に組まれた機体は、生存に確かに有効だ。言うまでもなく、エンジニアリングの敗北と言ってしまうのは、極論に過ぎない。確かに、完全な機体は存在しない。不運の積み重ねで死ぬことはある。私がここまで生きてこれた理由の大半は、運と言っても差し支えないだろう。だが、それなりに苦労は積み重ねてきたのだ。
　では、どうにか期待値を増やし、そしてダイスを振る。それだけなのか。
　本当にそれだけなのだろうか。
　今まで、それを疑ったことはなかった。そこまでで私の考察は終わっていた。それ以上の正しさが、結論があるのか？

　それはまだ、わからない。

　ただあるのは、断続的に続くノイズ。そして鼓動だ。