ENo.0389　ムジカ・ネネウ

　湿度の高い残像領域では、屋内でも霧やもやが生まれ、端まで見通せない。
　わたしは修繕ままならない『コンガラサマ』とともに、格納庫でそいつを待っていた。
　時期が中途半端なためか、応募者はわずかに一名だけだった。
　足音がもやの向こうから鳴る。ひょろ長い人影にわたしは挨拶した。

「こんにちは。私はムジカ・ネネウ。ネネウのムジカです。
　あなたがその――パイロット募集に応募された方――、であっていますか？」
「そうだ。名前はクリス。ジャンク漁り、戦闘機乗りをしていた。
　ハイドラのメンテナンス経験もある」

　適性には問題なさそうに思える。わたしは荷物を片付け始めた。

「そうですか。やっぱりもう帰ってもらっていいですよ」
「待て、待ってくれ」

　面倒くさいな、と思った。
　本当なら、こんな募集はしなくてよかった。

「何が問題なんだ？　俺には重要な問題なんだ。理由だけでも聞かせてくれ」
「あなたは見た限り男性ですよね？」

　少しだけもったいぶって。いかにも重要であるかのように。

「わたしの夜叉――ハイドラ、『コンガラサマ』は女性しか搭乗者を許さないしきたりで――
　女性のみを募集したはずでした。何か手続きで行き違いがあったみたいですね。まったく、互いに不幸です。
　納得していただけました？」
「女性……それは……それは確かに仕方がないな……、あー……」

　しっしっと追い払う仕草。
　それが見えていないのかまだ彼は何か黙考して……口を開いた。
　
「俺が女の格好をしたらどうだ？」
「ふ――――ん？」

　随分と苦し紛れな思いつきだと思ったし、そう口に出した。

「俺は必死だからな。ハイドラ乗りになるためには何だってするぞ」

　いくらでも断る理由をでっち上げることはできそうだった。
　だがそれは余計に面倒な事態を呼び込むだけのようにも思えた。
　認めるべきかもしれない。“運試し”には勝利したのだと。
　してしまったのだと。

「じゃあまあいいやそれで。決定。
　服なら幸いなことにいくらでもありますしね。遺品が」
「よし。決まりだな……。俺もその、なんだ、独特な服を着ればいいんだな？」

　随分と物分りがいい。

「そうですね。あとはご自分の信じているものに祈っておいて下さい。
　コンガラサマの怒りを買わないようにとか……」"
「わかった。
　住居はこのガレージに併設された居室を使わせてもらえるんだったな？」

　わかっていないな？

「ええ、ええ、どうぞご随意に。短い付き合いですが、よろしく」
「ああ、よろしくな！」

　手を差し出してきた。
　握手を求めているというのはわたしにもわかった。
　めんどうくさい。
　もやのかかった視界は夢の中にいるようで、わたしは実際にまだ夢の中にいるのではないかと思った。