ENo.0405　冷凍室inカマキリ

倉庫に六本足をたたんで居座るその姿は、なんだか滑稽だった。
背の高い倉庫に白色の機体が収納されている。
腰から尾まで風船のように大きく膨らんでいる腹部。
ジグザグに折れている節の多い足。
もしかしたらクモのように見えるかもしれないその機体は、白色のカマキリ――いわゆるシラユキカマキリを模して作られている。
よく見ると頭が三角だったり、前足がやたらと長かったりと、カマキリらしい形は残している。
支援用の機体として作られたそれは、武器の類を付ける場所が極端に少ない。結果、図体の割に荒々しさは感じられない形状になった。
檻の中の眠れる獅子やなどでなく、桐の箱にしまわれた一点の白磁のようだ。
動かしてなんぼの物なのに、そうやって何もせずに静かに佇んでいる方が似合っているというのは、やはりなんとも滑稽だった。


機体倉庫から少し離れた場所にある小屋から、のんびりと白いカマキリを眺める人影がひとつあった。
身の丈にあっていないダウンジャケットを着ている、小さな子供だ。両手は長い袖で隠れていて、なおかつ裾が膝あたりまであるせいで、ポンチョのようになってしまっている。
室内でも脱ぐ気がない様子から、どうやら防寒着としてではなくファッションで着ているらしい。
「本当に、このまましまっておきたいくらいに、キレイだよねぇ」
窓から白い機体を眺める子供の髪もまた白かった。絹のようなセミロングの髪が頭の動きに合わせてさらさらと揺れる。
「ね、ショウタもそう思わない？」
袖の中で握っている小型無線機に語り掛けると、ノイズ交じりに声が返ってきた。
『まー、前線でドンパチできるように作られてねぇから、止まってる方が見栄えあるってーのは一理あるな』
感心しているようでいて雑に返事した声は少年のものだ。
機体の整備士を担っている彼は、日がな一日機体にこもって整備をしている。全く外に出てこない極度の出不精で、普段から携帯無線機でばかり会話している。
「うーん、思ってたのと答えがちがーう……」
子どもは不満げに腕をバタバタ振る。ダウンジャケットのこすれる音を相手に飛ばすいやがらせだ。
『なんだようるせーな。こいつの最終調整してるんだから静かにしてろ』
こいつ、というのは機体のことだろう。無線機の少年は「最終調整」という言葉を昨晩からずっと繰り返していた。出不精をごまかしているつもりなのだろうか。
「私のことよりその子の方が大切なのねー？　もう私たちおしまいよー」
子どもが感情のこもってない平坦な口調でちゃかす。楽しそうにジャケットの袖をしゃかしゃかと振る。
『だぁーもう！　うるせーな！』
雑音に耐え切れなくなった少年の怒声が無線機から響く。
『今日から実戦なんだから、くだらねぇこと言ってねぇで準備運動ぐらいしとけって』
「実戦……？　おー、そういえばそうだった」
『お前な……』
緊張感のない声で返された少年は呆れたように溜息をもらした。
「別にここには戦いにきたわけじゃないからー。ほどほどに頑張ればいいの」
子どもは窓越しに空を眺めようとした。しかし霧が濃くて空らしいものは見つからず、ボロ雑巾のような薄暗いモヤしか見つからなかった。
『前か――聞いてるけど、なんでここにきたん――』
ノイズが強くなり少年の声がかすれる。今日は霧だけでなく電磁波も強いらしく、たまに無線が途切れそうになる。ギリギリ切れないのは距離が近いからだろう。
「もー、ショウタには何回も言ってるのにすぐ忘れるんだから……。本当に機械のことしか頭にないのかなー？」
無線相手に届いてるかは分からないが小言をこぼす。やがて通話に飽きたのか無線機の電源を切った。小屋に響いていたノイズが止み、静寂が訪れる。
「言われなくても、私はやることやるためにここに来たんだから大丈夫だよー」
誰にともなくつぶやき、その後キィと小屋の扉が開く小さな音が響いた。