ENo.0255　マヒロ

　そのウォーハイドラ用格納庫に足を踏み入れたのは、一人の青年だった。　
　静寂に包まれた空間に、かつん、かつんと靴底が床を叩く音だけが響く。

　彼が向かう先には、一機のハイドラが鎮座していた。それは八本の脚を生やし、頭部には目のような丸いセンサーをいくつも備えている。蜘蛛のように見える機体は実際、『タランチュラ』と名付けられていた。
　天井に吊り下げられた古いランプが、ハイドラを照らす。その明かりを反射して、『タランチュラ』の目が光った――まるで青年を待ち構えていたかのように。

「……」

　彼は黙ったまま、ジャケットのポケットに手を突っ込んだ。無造作に取り出されたのは、ライダーズライセンスだ。随分と年季の入った物で、誰が見ても彼が持つには不相応だと思うだろう。
　どうして、これが自分の手の中にあるのか。彼自身にもよく分かっていなくて、ここ最近はずっと霧の中に居るような心地だった。それでも、とうとうこの日が――正規のハイドラライダーとして、初めて戦場に出る日が来たのである。
　深く息を吸ってから、彼はハイドラの脚にぺたりと触れた。掌から伝わる確かな冷たさが、思考にかかる霧を晴らしていく。これは現実なのだと、まざまざと伝えてくる。

　彼は愛機を見上げて、ぽつりと呟いた。

「また、頼むな。タランチュラ」

　こうして、青年は――マヒロはハイドラライダーになった。
　本来であれば語られることのなかった、けれど奇妙な巡り合わせで語られることとなった、これは彼の物語。