ENo.0160　ルーゼンエッタ

「まあ……初陣にしてはいいんじゃないか」
　マリア＝ローザから降りたルーゼンエッタを出迎えたウォルナードはハイドラ――マリア＝ローザを見ながらそう言った。
　ウォルナードはルーゼンエッタがマリア＝ローザを強奪した時にその組織から付いて来たメカニックで、今はルーゼンエッタがウォルナードを専属として雇っている形になっている。報酬はルーゼンエッタが稼いだ金から下宿にかかる２人分の生活費とパーツ費整備費を引いた半分の額。提案したのはルーゼンエッタで、相場としてそれが高いのか安いのかそれは解らない。雇ってはいるが、２人の関係はほぼ対等だ。
「機体に傷らしい傷はない。見つからなかったか避けたかまでは解らんが、まあ初めてで傷が一つも付かんのは良い結果だわ」
　よくやった、とでも言うようにウォルナードは軽くマリア＝ローザの装甲を叩いた。
「“ロン”が助けてくれたから」
　ルーゼンエッタもマリア＝ローザに触れる。 このハイドラに乗っている間ずっと守られていると感じる事ができた。それがたとえ幻だったとしても。だが、移動と試運転と慣れるために強奪してから何度かマリア＝ローザを動かしていたが、その時とは感覚が全然違うのだ。それを幻や思い違いと片付けられるほど、ルーゼンエッタは割り切ることができなかった。
そうかい、とそれだけでウォルナードは答えて機体を見上げている。何を思っているかはルーゼンエッタには解らない。何も考えていないのかもしれない。
「整備はやっておくからお前は休んで来いや。疲れたろ」
「そうでもないわ。戦場なんて慣れっこだもの」
「疲れてるんだよ。大体休まない理由もないだろ」
「それもそうね」
　疲れているか否か――そう問われれば大したことはないが、確かに休まない理由もない。その気になれば3日間位眠らず食わずでも動けるくらいの身体ではあったが、今はそれが必要な状況でもないのだ。
　――以前と、何もかもが違う。
　自分に所属と呼べるものが無いことも。戦うかどうかは自分で選べることも。誰かと褥を共にすることを強要されないことも。隣にいるのがこんなよく解らない男性なことも。自分は今なら自由にどこへだって行けるであろうことも。
　変わらないことを探すほうが大変なくらいだ。
「じゃあ、“ロン”はお任せするわ。大事にしてあげて」
「へいへい。言われなくとも。機械の扱いには慣れてるんでね」
　まるで女性に対するかの様な口ぶりでウォルナードは請け負った。
　正直を言えば、ルーゼンエッタにはウォルナードの腕前が良いものかどうなのかすら解らない。ハイドラについては全くの素人なのだ。ただ、特に乗りにくいということもなかった。それが“ロン”のお陰なのか整備のお陰なのか、それともその両方なのかも解らない。
　もう一度マリア＝ローザを見上げる。白銀に真紅のラインの機体は、今は沈黙していた。




03/初陣、その後