ENo.0325　小夜啼鳥

「結婚？」

紛れもなく、初対面である人物に、プロポーズをされて、怪訝さを覚えるのは当然の道理。
けれど、男――クドラトは、疑念を表には表さず、脚を踏み出す。


「また随分と唐突な要求だな。お前…勿論、結婚の意味は解っているな？」

「はイ、存ジておりまス。契りを結び、貴方を主と崇め、私の全てを捧げる事と認識シてオりまス」

「全て。一体何を考えているかもわからんな。冗談で言ってる訳じゃあなさそうだが…」


手を伸ばして、小夜啼鳥の顎を掴めば無理やり上へと向かせるよう力を籠める。
先ほどまでの闘乱の結果、拳に他人の血がこびり付いている為、白い女の肌を汚すが、それを忌む気配もなく、顎を持ち上げられれば、おもてを上げた。
足の爪先から、ゆっくりと頭の先まで。
間近で眺められる間も、指先一つ動かさず……。

いや。
些か、真白の肌、頬に朱色が混ざりだしてはいた。
呼吸の乱れも、間近にいる者ならば感じ取れる。


「私如きの考えなど、本当に浅はかで、取るに足りぬものでスよ」
「ただ、想イ、愛シ、従イ、尽くシたイのでス」
「そして、蔑み、罵り、辱め、折檻シてくだサれば。……嗚呼、私はきっと幸セな妻となりまス」


うっとりと悦喜を声にのせて。
けれど何処か胸を締め付けられているかのような、言葉の乱れは強くなって。

語って聞かせる女の言葉は、愛の告白より余程、異質であった筈。


「わかった。来たければ来い」


触れていた手は離し、屋外へと向かい歩き出すが、拒絶はなかった。
諸手をあげて受け入れる姿勢こそなくとも、十分すぎる一言に、小夜啼鳥の口元が綻ぶ。


「ありがとウごザイまス。不束者でスが、よろシくオ願イイたシまス」


彼に置いていかれぬよう、杖をつき、その背を追って歩き出す。
不自由とも言える視界の中、それでも後を懸命に追いかける様子だけを見れば、仔犬のようにも見えるだろうが。


「嬉シイ、でスけれど……アっサり受け入れられると、物足りぬものもあるものでスね」
「軽蔑や、倒錯趣味への罵倒、シてくだサると、尚、嬉シかったのでスが……」


ぶつぶつと呟く彼女を、どう思ったかは、クドラトのみが知るところではあるが。
少なくとも。


「まあ…いざとなったらバラしちまえばいいさ」


そう呟いたのは、確かな事実であった。